猫額洞の日々

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2009年 04月 16日

レオ・ブルース「死の扉」読了

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 写真は隅田川のさざ波と花筏。

 レオ・ブルース「死の扉」(創元推理文庫 60初帯)を昨夜読み終わる。
世の中にはまるで自分のために書かれたかのような本もあるものだ。
とても好き。

 原作は1955年刊。メタミステリである。
 しろうと探偵が関係者に質問に行くと、最初はこわもてだった農場主が、
しろうと探偵と聞いた途端、ミステリ・マニアの本領を発揮して、俄然
協力的になる。
 最後の解決のために関係者一同が集められるシーンで農場主は、
 「本でもここがいちばん好きなんですよ」とか言いながら入ってくる、
といった塩梅だ。
 殺人事件の関係者全員、なかなかに喰えないタイプばかりで、そこがいい。

 ミステリは元々、自己言及的なのだろうか。それとも、言語作品行為が
メタフィクショナルな性質をもつのか、という疑問が今朝、突然ひらめく。
 言葉について考えるにも言葉を使ってでしか考えられないから、言語活動の
根幹が自意識過剰ってことかしら。言語はウィルス感染の結果だとか何とか、
バロウズが言っていることは、こういった事柄なのか。
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by byogakudo | 2009-04-16 14:53 | 読書ノート | Comments(2)
Commented by 芽句 at 2009-04-16 22:24 x
ダーダーダー!
まさに人間は細胞の集結体として在るのではなく、言葉による集結体であるということで、それはひたすら「霊性への帰還」を促すものだと確信します。 もうすぐ行きまーす!
Commented by byogakudo at 2009-04-17 21:17
問題なのは、わたしという個体が日本語だけでできていること。
言葉を用いて自己検証したくても、比較するための他言語がないと、
むずかしくなります。

もうすぐ会えますね。うれしいな。


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