猫額洞の日々

byogakudo.exblog.jp
ブログトップ
2009年 04月 23日

フレドリック・ブラウン「三人のこびと」読了

e0030187_14363345.jpg






click to enlarge.


 写真は(季節を遡り)、代々木上原散歩時に。


 フレドリック・ブラウン「三人のこびと」(創元推理文庫 62初 J)読了。
よかった。好きだ。スタージョンに見られる哀しさと共通する後味だった。
 出来事が繋がり、いつの間にか円環を描き、ループから外れた環の一個が
哀れである。淡々とした書き方が余情を残す。

 うっとりしながらも、最早ライフワーク化した、封筒使用例を。
< アム伯父はポケットから封筒をとりだして、その裏に、鉛筆でなにか
 書きはじめた。>(p289)

 また、殺されたこびとの遺品を探していて、読書好きなのに辞書一冊しか
ないことについて探偵役のアム伯父は、
<「必ずしも持っている必要はないよ、エド。たくさん読む人間でも、本を
 持っているのを好かないものがいる。とくに、長い旅をしてきて、またいつか
 旅に出るかもしれないと考えている人間はそうだ。本は錨(いかり)のような
 もので、一度集めだすと、ひとをそこにしばりつけてしまう。あの男はそういう
 気持ちで、読むものは全部図書館から借り出していたんだろう」>(p274)

 カーニバル讃歌を引用する(p305)。
<[略]カーニーはヴァイオリンのようなしろものだと、わたしは考えた。馬の毛
 とか、羊の腸のような、艶消しのもので作られている。[略]公衆のけがらわしい
 本能、欲望、みだらな好奇心、貪欲に訴えるのが商売だが__それをいっさい
 がっさいこねあわせると、魔術にもなる。そこには、ネオンやばくち道具、人間の
 肉体、不運な片輪もの以上のなにかがある__ちきしょう、わたしには説明
 できないが、現実になにかがある。>
[PR]

by byogakudo | 2009-04-23 17:49 | 読書ノート | Comments(0)


<< 映画「私は猫ストーカー」完成!      フレドリック・ブラウン「三人の... >>