猫額洞の日々

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2009年 08月 20日

吉川潮「江戸前の男 春風亭柳朝一代記」半分ほど

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 9月5日(土)、6日(日)古書 往来座 外市 /雨天決行に、
伊呂波文庫さんとともに当店も参加いたします。

 「私は猫ストーカー」都内上映は8月28日(金)までです。
まだご覧になっていらっしゃらない方、映画館へどうぞ。

 ハインラインが捗らないので、思い切って中断。吉川潮「江戸前の男
春風亭柳朝一代記」(新潮文庫 99初 J)にする。

 以前、同著者の「三亀松もの」を読んだがなあと、自分のブログを
検索したら、ああ、わたしは忘れてもPCは覚えていてくれる。
 06年12月09日に、いずれ「江戸前の男」も読みたいとかなんとか
書いている。もう3年近く前ではないか。

 前回も吉川潮の言葉遣いについてイチャモン(?)をつけたが、今回も
重箱の隅を発見した。

 (未来の)柳朝が、初めて落語家になる決心をしたときの表現である。
21歳くらいの青年が、戦中戦後の移り変わりに翻弄され、ことに戦後
すぐは職業を転々として、訳のわからない生き方をしているのは解る。
記憶も混乱するだろうが__

 小学校の同級生に会い、落語家になりたいと打ち明けると、
< 「そいつぁいいや。和ちゃん[注 柳朝の本名は「和照」]は昔から
  おしゃべりがうまかったもんな。覚えているかい。遊び仲間を
  集めてお菓子を配って、落語や講談を聞かせたのをさ」
   言われてみれば、そんなことをしたような記憶がある。>(p48)

__<記憶がある>? 21歳なら小学生だったのは10年前ぐらい
だろうが、この言い方では、もっと年を取って述懐しているみたいに、
わたしには感じられるのだが。
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by byogakudo | 2009-08-20 13:21 | 読書ノート | Comments(0)


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