2009年 09月 03日

「怪奇探偵小説名作選8 日影丈吉集 かむなぎうた」をぽつぽつと読む

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 写真は、昨夕、店内からキャッチ。黒い前髪(?)の様子から横分け君と
呼ぶ、近所の猫の子孫。


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 9月5日(土)、6日(日)古書 往来座 外市 /雨天決行に、
伊呂波文庫さんとともに当店も参加いたします。
 本のみの出張で、店主たちは当日、中野新橋で営業中です。

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 民俗学的な、いわば血の記憶に基づいた怪談がある。洋の東西を問わない。
「粉屋の猫」ではフランスの農村を舞台にして、魔女裁判の記憶とその伝承が
語られる。これはすんなり読める。

 それなのに、「かむなぎうた」や「狐の鶏」は苦手だ。日本人の土着的記憶が
苦手、ということだろうか。自分の中にも、きっと流れているであろう血の記憶の
生々しさに怯むってことか。土着性は、わたしにとってクローゼットの中の骸骨に
等しい問題なのかとも思う。

 しかし、見る必要を覚えなかった事柄に対して、今更どうしよう。それに、大衆の
記憶をもって清潔な近代化を批判する立場にも、性急な政治問題化を感じて、同意
できない。

 血縁・地縁に基づいた共同体は、かつてあったし、今でもあるだろうが、わたしの
望むテンポラリな共同体は不可能だろうか。「リオ・ブラボー」みたいな、必要な
ときに各人が自由意志で参加・行動し、必要がなくなれば自然解散する、そんな
ゆるやかな共同体が、理想である。

 日影丈吉を読みながら、なんでこんなことを考えているのだろう?
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by byogakudo | 2009-09-03 12:40 | 読書ノート | Comments(0)


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