猫額洞の日々

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2009年 09月 04日

青柳いづみこ「ドビュッシー 想念のエクトプラズム」にする

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 写真は、(たしか)月島小学校。

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 9月5日(土)、6日(日)古書 往来座 外市 /雨天決行に、
伊呂波文庫さんとともに当店も参加いたします。
 本のみの出張で、店主たちは当日、中野新橋で営業中です。

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 日影丈吉を中断して、青柳いづみこ「ドビュッシー想念のエクトプラズム」
(中公文庫 08初 J)に変更。

 なになに、ヴェルレーヌの奥さんの実家を16~17歳のランボーが訪れ、
そのひと月後には、9~10歳のドビュッシーが訪れている?!
 それではまるで山田風太郎描く、子ども時代の夏目金之助と樋口夏子の
あり得たかもしれない出会い、ではないか。

 魅力的な導入部に惹かれて、昨夜から読み始める。ドビュッシーがどれほど
世紀末文化に浸りきっていたかが、克明に綴られてゆく。当時の最先端モード
であるデカダン派の文学や絵画をいち早く吸収し、作品に反映させる様子が
描かれるのは、これまで「印象派」と括られていたドビュッシーの裏面を強調
する意図からであるそうだ。

 ドビュッシー自身は自らを印象派と位置づけたことがなかったにも関わらず、
そう呼ばれてしまったのは、
<つまり、楽曲分析では、つねに美学より技法に重点が置かれるため、
 ドビュッシーの考案した印象主義的な技法が、ごく短絡的に芸術全般の
 理念としての印象主義に結びつけられる結果になったというわけである。>
(p127)

 次々に、聞いたことがあったりなかったりする人名や、作品・できごとが
出てくる。探偵小説は一息で読まなきゃ却って解らなくなるのと同じ理屈で、
せっせと読み進める。助かるのは、記憶にも残らない人や事件があとで
鍵になる探偵小説とは違って、前に読んだ頁をひっくり返さなくてもすむ
点だろうか。

 パリ・コミューン後の世紀末の熱気が、紙面から襲ってくるようだ。年内には
読めるであろう、鈴木創士氏新訳「ランボー全集」の予習にもなる、と思って
読んでいる。
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by byogakudo | 2009-09-04 19:40 | 読書ノート | Comments(0)


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