猫額洞の日々

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2009年 11月 02日

シムノンを読んでジュネ「花のノートルダム」を思い出すこと

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 写真は、近所の「じょんが」ちゃん。仔猫のころ、ひとと目が合うと
大急ぎでお尻を振って逃げ出す様子が、「じょんが じょんが」という
擬音を感じさせたので。
 ときどき右側の木の股に、ぶら下がるような不安定な姿勢でいる。

 シムノン「メグレを射った男」(メグレ警視シリーズ42 河出書房新社
79初 帯)と「メグレと老外交官の死」(メグレ警視シリーズ41 河出
書房新社 80初 帯)を読み終わる。

 「メグレを射った男」に、ボーソレイユ夫人というカフェ・コンセールの
歌手だった中年女性が出てきて、当然、ボビー・ボーソレイユを久しぶりに
思い出す。まだ刑務所で生きているだろうか?

 そしてジュネ「花のノートルダム」(河出文庫 08初 帯 J)の冒頭部分、
1940年代のゲイが独房の壁にアイドル犯罪者の写真をピンナップする
のと、70年代の若い女が部屋のボビー・ボーソレイユの写真にうっとり
しているのと、まったく違いがないと理解するのは、鈴木創士氏の翻訳の
おかげである。
 徹夜明けの朝まだき、タクシーで戻る道すがら目にするゴミだらけの
街と白っちゃけた顔の場面なぞ、パリも新宿も違いやしないと、実感
できるのだった。

 しかし、アルトー、ソレルス、ジュネ、そしてランボーと続く、鈴木
創士氏の訳業である。なんという重力。

 新刊書店に行かないので様子がわからなかったけれど、中規模の新刊
本屋にはミステリ類でさえ、翻訳物はほとんど置かれていないらしい。
 ミステリよりもっと読むための集中を必要とする翻訳文学書は、どれ
くらいの人々に読まれているのか、想像するのがおそろしい。

 いったいいつから、小説類は日本語作品で間に合うということになったの
だろう? 音もそうかもしれないが、自給自足で十分なのかしら、ほんとに?
 外部を意識しなくなると、内部には腐敗臭が漂うものだと思う。
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by byogakudo | 2009-11-02 13:14 | 読書ノート | Comments(0)


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