猫額洞の日々

byogakudo.exblog.jp
ブログトップ
2010年 04月 25日

シマック「再生の時」と鹿児島徳治「隅田川の今昔」を併読する

e0030187_13492895.jpg









click to enlarge.


 クリフォード・D・シマック「再生の時」(HPB 65初)は、かなり壮大な
タイムトラヴェルものであるにも関わらず、やはりシマックの根っことも
言うべき、のどかなアメリカの田園風景描写が(幻想空間とは言え)
記されているのが愉しい。雀百までのひとなのだろう。

 大川のお花見に行けなかった代償作用か、古書展で「隅田川の今昔」
(鹿児島徳治 有峰書店 72初 J)を見つけて、つい買ってしまった。
 隅田川を詠んだ詩歌が次々に紹介され、短歌や俳句を詠んだことも
読みふけったこともないので戸惑うが、近代の作品になると面白くなった。

 すてばちの心となりぬ隅田川水のながれを君とながめて (吉井勇)

 隅田川流灯会の話も興味深い。溺死者を弔うための灯籠流しが
民間から発案され、すぐさま警視庁の許可が出た。成島柳北が
取り上げたこともあり大評判になり、大勢が詰めかけ過ぎて、数百人が
川に落ちる事態まで引き起こした。
 紙製の鴎型の灯籠がいくつも流れてくる様子を描いた、明治31年の
「風俗画報」の絵が再録されている。

 この行事は、
<[略]何ぶんにも費用もかかることから、数年ならずして立消えになった
 らしい。まあ当時はまことにのんびりしたものであった。今は川施餓鬼
 どころでなく、川そのものを弔ってやりたいほどである。>(p33~34)

 本が出版された1970年代の隅田川は、瀕死の状態だった。

<[略]先年あまりの悪臭に堪えかねて利根川の水を導入したので
 いくぶんきれいになったようだが、それまでの隅田川は鈍色に濁って
 臭気を放ち、岸壁は浮いた油に黒く染みついて、見るも無惨な有様で
 あった。さらに[中略]、両岸はすべて十メートル近いコンクリートの
 厚壁に遮られてしまった。おまけに東岸には高速道路のハイウェイが
 通って見晴らしを塞いでいる。なんといやな川になったのだろう。結局
 あれは極限に追いつめられたマンモス都市の生きのびんがための苦悶の
 姿にほかならない。>(p4)

 明治42年生まれの著者が、今の臭くない大川を見ることはなかった
けれど、佃島や川岸の超高層ビル群を見たら、何と言うだろう。絶句する
かしら。
[PR]

by byogakudo | 2010-04-25 13:49 | 読書ノート | Comments(0)


<< 鹿児島徳治「隅田川の今昔」半分ほど      晴れてる! >>