2010年 05月 13日

内田魯庵「貘の舌」読了

e0030187_13345692.jpg









click to enlarge.


 「貘の舌」の十五章から十八章にかけては、血なまぐさい虐殺の
話が続き、世界の人種・民族を問わず人類は残酷さに満ちている、
としか思えなくなる。

 そこで第十九章・猫になる。
<     其上
  虐殺の咄は無気味だ。脅(おびや)かしてゐるやうな気もするし、
 脅かされてゐるやうな気もする。打留めに方角を変へて暢気(のんき)な
 動物界を鳥渡(ちよつ)くら覗いて見やうかナ。>(p137)という訳である。

 後半の「貘の耳垢」は古書・稀覯本の話が中心だが、文学・美術・歴史
その他何でも、知らないことはない。

 「貘の舌」十三章「子(ネ)ビンソン」では、未来派絵画を語っている。
< 動態は未来派の本色だ。[中略]が、伊太利未来派即ちマリネツチ
 一輩の画は運動の与へるヴアイヴレーシヨンを現はす為に幾何学的線を
 余り多く描き過ぎてゐる。之が為に往々物理学の運動説明図と間違へられ
 さうなものがある。独創の力には富んでゐても、美術としては洗練を欠いて
 をる。[大幅に略]眼に見えるものならマダいいが、眼に見えない空気の
 波動の如きをさへ百足の足的に幾何学的線で現はさうとする。画と図解
 (ダイヤグラム)をゴツチヤにしてゐる観がある。>(p101~102)

 口の悪さがチャームポイントだろう。

     (ウェッジ文庫 09初 帯 J)
[PR]

by byogakudo | 2010-05-13 13:10 | 読書ノート | Comments(0)


<< 島田一男「夜の警視庁」読了/ビ...      クリストファー・マッカリー「誘... >>