2010年 05月 21日

栁澤愼一「明治大正スクラッチノイズ」読了/平山廬江「東京おぼえ帳」と野口冨士男「作家の手」併読中

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 やっぱり「姦通の美学」って、キリスト教文明圏の産物よね、なぞと
起きがけの寝言を言っていたところを見ると、風邪ひきからは、ほぼ
回復したようである。前二日は、とてもブログ・ネタを考えながら
どころか、起き上がるので精一杯だった。

 もっぱら目方の軽いウェッジ文庫で、数日を過ごした。
 栁澤愼一「明治大正スクラッチノイズ」(ウェッジ文庫 09初 帯 J)は
いちおう編年体で綴られているがしかし、話があちこちに飛ぶので、
二、三年ズレた話題や出来事が縦横に入り乱れる。
 でも心配ご無用。何頁参照との脚注や、巻末の人名録がしっかり
しているので、安心して振り回されていればいい。日本の軽音楽史
が、一読しただけだが、多少解る(記憶に残った)。駄洒落で展開
する癖に、なかなかついて行けなかったが。

 平山廬江「東京おぼえ帳」、単行本を長年店晒しのまま、文庫本
(ウェッジ文庫 09初 帯 J)で読むことになった。
 単行本の函には<はん元 住吉書店 作者 平山廬江>とあるのが、
文庫版Jでは、<はん元 うぇっじ 作者 平山廬江>になるのが可愛い。

 日露戦争時の首相・桂太郎と愛人・お鯉さんの話は、長谷川時雨
「近代美人伝」(これも文庫本)で読んで、ある程度知っていたが、
どうも、この頃の男の友情ってのが解らない。
 桂太郎本人がお鯉さんを見初めて愛人にしたのではなく、政務に
疲労困憊している桂太郎を見るに見かねて、山県有朋がお鯉さんに
桂の愛人になるよう口説き落としたと、書いてある。どういうこと
なんだか、解らない。
 <せめては身辺の世話もし、心のやすまりにもなるやうに>(p180)
という口説き文句だったそうだ。桂太郎に、たぶん家族はあっただろうが、
家庭では寛げなかったのかしら? それにこの説得では、愛人というより
母親になれ、ではないか。
 日本の男=マザコン説をまた思い出し、起き抜けの寝言になった。

 「野口冨士男随筆集 作家の手」(武藤康史編 ウェッジ文庫 09初 帯 J)、
日本近代文学についても全く無知だが、作家名は解るので、どうやら
読んでいる。山崎阿弥さんのご先祖・岡田三郎のことも出てくるので
付箋をはさむ。
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by byogakudo | 2010-05-21 20:11 | 読書ノート | Comments(0)


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