2010年 06月 08日

「浅見淵随筆集 新編燈火頬杖」読了/殿山泰司「三文役者の無責任放言録」再読中

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 ほとんど名のみ知る、日本の近代文学系作家エピソードとその作品
評論を、なんとなく読む。縁なき衆生であることを確認したかったのか。

 「梶井基次郎君の印象」中に、梶井から浅見淵への手紙が引用
されている。

<「[略]然し僕の書くものは『生活へ』の反対でその意味で正しい
 芸術ではなく『対症療法的な芸術』でしかないのです。僕をして
 『生活へ』の芸術を書かしめよ。それがいつまでもかけないといふ
 のは僕にとつて非常に恐しいことです」>(p180)

 「正しい芸術」ねえ。ふーん、そうだったのか。プロレタリア芸術や
思想の影響は、とても大きかったのだろう。馬鹿げた、ロジックにも
ならない論理と倫理の縛りに引きずられることはないのに。と、今さら
言ってみてもしょうがないが。
     (ウェッジ文庫 08初 J)

 文学というのか文芸というのか判らないが、文章って、意図する
ところが的確に表現されているかどうか、読者が書かれた言葉以上の
場に連れて行かれるかどうかで、もし文章に善し悪しをつけるなら、
そこにしかないだろう。
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by byogakudo | 2010-06-08 13:08 | 読書ノート | Comments(0)


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