猫額洞の日々

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2010年 06月 14日

朝吹登水子「愛のむこう側」読了

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 ヒロイン・紗良(さら)は、戦前の大ブルジョア一家の出身である。
16歳で結婚し、新婚生活を過ごすパリで、愛の感じられない夫と
離婚することを決意した。翌1936年、再びひとりで、フランスに
向かった。
 まず寄宿学校でフランス語を学び、パリでの生活が始まる。
男友達に連れられて行った日本人絵描きのアトリエで、

< 彼女の東京でのことばづかいは、目上や年長者には「さようで
 ございます」か「遊ばせ」であったし、友人や、店員たちや、
 召使いたちには「そうよ」「して頂戴」といった、いわば
 フランスのチュトワイェ(君と僕の親しい口調)だったので、その
 中間の「そうです」の「です」は口にしたこともない使い馴れない
 言葉であった。自分の友人でもなく、目下の男でもない初対面の
 おとなの男に「そうよ」と親しい口調で話すのは気がとがめたし、
 かと言って、「さようでございます」も場違いに思われ、言葉
 づかいに困った。>(第三章 カルチエ・ラタン p140)

 ブルジョア娘が生命の横溢を求めてあがく日々であり、時代は
戦争への道を深めていた。両者が絡み合って描かれる。

 面白く読んだけれど、自伝風小説は難しいとも思う。時代を描く
ためにフィクショナルな加工が施されていても、ヒロイン・紗良と
作者・朝吹登水子との距離が充分には感じられず、紗良が出遭う
男性全員が彼女に惹かれると書いてあると、自己申告ですかと、
からかいたくなるのが抑えられない。写真で知っている作者は、
上流階級の美しいお嬢さんだったと判っているが。
 一人称を使ってないから、即、三人称になるって訳でもないなあ。

 森茉莉(1903-1987)は1922年から23年頃、パリに滞在する。
 朝吹登水子(1917-2005)は1936-1939年及び戦後1950年以後の
パリを過ごす。

 ときどきブログに書く元エトアルのK夫人は1960年代から1980年頃、
20年に渡ってパリで暮らし、今は当時のできごとを書きとめようと
されている。

 この三者の書く文章に共通するのが、食べ物の話が多いことだ。
パリで生きること・楽しむことを見出した彼女たちは、戦時体験者
でもある。愉快な食事と絶望的な飢餓の記憶が、食べ物の話を書かせる
のだろうか。

     (新潮文庫 83初 J)
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by byogakudo | 2010-06-14 12:09 | 読書ノート | Comments(0)


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