2010年 07月 05日

「岩本素白随筆集 東海道品川宿」読了

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 東京ッ子はいいなあ。大仰なことが苦手、ふところ手をしてひっそり
過ごしていたがる東京感覚がにじみ出る随筆集だった。

 たとえば疎開先での暮しを書いた「こわれ物」。祖父母の代から
持ち続けている小さなお皿や煎茶茶碗について語る。

< 御飯が済んでお茶を飲んでいる時、私はきまってお皿やお茶碗を
 手に取って、その丸みの所へ手をやって、その持っている曲線を味わい、
 更に手の平で静かにその肌を撫で、感触を愉しむ。こわれ物は唯見た
 だけでは物足らない。手に取って膝にかき据えて、静かに撫でてみたい
 のである。この皿の如きも年寄り達が古く使って来たというだけの品物
 だが、こうしていると流離の旅にいる憂いを忘れる。もし祖母や母の霊が
 いたら、可愛そうに丸焼けになって、それでもあのお皿を持ち出して、
 まあ、あれでお芋を喰べているのかと泣き笑いをするであろう。>(p178)

< 面白い事はお祖母さんという人、派手な暮らしをして色々藝事も仕込まれた
 らしいが、密かに私の母に向って、「私ゃお茶というものは嫌いだよ。何しろ 
 薄ぎたないからね」と云った由、成程昔の江戸っ子は茶の湯を冷笑して、
 乞食が欠け茶碗で古池の水を汲み出し、追従(ついしょう)軽薄を並べて
 貧乏神の祭りをするようなものだと云っている。だからこの薄ぎたないと
 云った言葉も、幕末五十年を最後の江戸市民として市井に暮らした、
 極めて平民的なお祖母さんの本音であったろう。[以下略]>(p181)

< 私は暇な時は河原へ出て、石ころを拾っても楽しめるし、色々種類の
 ある草葺屋根の形を見て歩いても愉しめる馬鹿な性分を持った男だが、
 寂びしい田舎にいて本を持たない今、雨の日は一寸困る。そういう日は、
 戸棚もなくて汚ない古箱の上に並べてあるこのようなこわれ物を手に取って、
 撫でて見たり眺めたりして日を過ごすのである。こわれ物は丈夫な物より
 美しい。[以下略]>(p182)

     (来嶋靖生編 ウェッジ文庫 08再 J)
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by byogakudo | 2010-07-05 13:49 | 読書ノート | Comments(0)


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