2010年 08月 16日

殿山泰司「三文役者のニッポン日記」読了

e0030187_16303117.jpg









click to enlarge.


 第1部『三文役者のサイゴン日記』、第2部『三文役者のアメリカ
日記』、第3部『三文役者のニッポン日記』に分かれている。それぞれ、
1965年7~8月、1966年、1965~66年の記録である。

 最後の『三文役者のニッポン日記』がいちばん量が多い。2010年の
今日(こんにち)読んでみると、1965~66年にかけて殿山泰司が憤ったり、
疑問に感じたりした事象が、何の解決もされないまま、多少、表面を
変えただけで、綿々と続いているのに、なんというか、絶望する。

 沖縄返還前の、佐藤首相による沖縄訪問に関して__

< "佐藤首相は外国の首相だ"と言ってる沖縄人もいる。"われわれは
 日本人である。しかし日本人として日本政府や外国政府から扱われた
 ことはない。現段階ではわれわれは外国人なのだ"と言い切っている
 沖縄人もいる。[中略]
  そして佐藤首相の沖縄での言葉。"私は沖縄の祖国復帰が実現しない
 限り、わが国にとって<戦後>が終わっていないことをよく承知して
 おります"
  [略]戦争をやってる国があって、その戦争をやってる片方の国の、
 沖縄もそして日本も"基地"なのである.。[中略]
  佐藤首相の沖縄でのもう一つの言葉。"沖縄のみなさんは、これまで
 20年もよくぞ頑張って下さった。いいにくいことだが、今後もさらに
 頑張って下さい"
  こんな情ないセリフが、この世の中に存在するのかね。涙が出る。
 阿呆らしくて涙が出るのだ。[中略]一体何をガンバレと言うのだ。
 沖縄が、沖縄独自のチカラでガンバルのであれば、ニッポンは祖国
 でもなければ、トモダチでもない。軍事基地の問題、施政権の問題、
 復帰問題、それらについての首相のハッキリした言葉を、沖縄の人
 たちは聞きたかったはずである。オレも聞きたかった。それについて、
 ハッキリと言えない立場にあるのなら、その言えない立場について、
 ハッキリと所信を表明すべきであったのだ。そうすれば、午前3時まで
 路上に坐りこんでいた沖縄人の、そしてアナタが予定のホテルへ帰れ
 なかったような、あの素晴らしい歓迎はなかったはずである、
 オシマイ。>(p292~293)

 池田内閣の所得倍増計画下にあって、中小企業の倒産や貧困による
一家心中が起こる。少しは落ちついて暮らせるようになったのかと
見えたら、70年万博や80年代のバブル経済期の気違い沙汰を経て、
長い長い不景気の時代が今に続く。いやなループだ。

< オレたちニッポン人は、妻子を背負っておれば、あるいは背負って
 なくとも、仕事や病気でツマズイテしまうと、テメエを始め家族みんな
 に、不幸が訪れてくるのだ。ナニモノが何物も十分に保証してくれない。
  日本国中の90パーセント以上の人たちが、そういう状態で生活して 
 いるのであると、オレは信じて疑わない。>(p318)

     (ちくま文庫 01初 J)






..... Ads by Excite ......
[PR]

by byogakudo | 2010-08-16 16:31 | 読書ノート | Comments(0)


<< 殿山泰司「バカな役者め!!」あと1篇      Viva, Amanda ! >>