2010年 08月 25日

亜湖 一人舞台「××× 咳三つ」を観に行った

e0030187_12552622.jpg









click to enlarge.


 会場の新宿・シアターブラッツに向かって歩いていたら、母と娘風の
ふたりから声をかけられる、
 「あの、これからお時間がおありでしたら、シアターブラッツと
いうところで・・・」
 「あ、今そこに行こうとしてるんです」。
 演劇はすでに街路上で始まっていた!?

 会場は地下にある。老若男女合わせて100人以上入っていたのでは
ないかしら。舞台奥のスクリーンに練習風景が投影されている。
 「上演を始めます」の声とともに、シアターブラッツ近辺らしい
風景に変る。歩いている人々が逆走するのは、過去の風景であることを
示しているのか。観客側を向いて、次々に何かの/どこかの写真を撮る
人々が映される。見ることは見られることだ。

 亜湖さんも同じように、こちらを向いて写真を撮り、次いで会場へ
降りてくる様子が背後から映され、上手入口から入ろうとするシーンで
実際にドアが開き、スクリーンの中の近過去の彼女と、いま現実に現れた
亜湖さんとが、本体とその影の関係を保ちながら重なる。映画と演劇の
重なり合う流れがうつくしい。(ああ、「モレルの発明」!)

 舞台装置も衣装もシンプルだ。下手の椅子に、うすい黒いガウン様を
まとったときは、人形・シメールを拾った老人、上手の小卓側にいる
ときはガウンを脱ぎ、少年のような半ズボン姿の人形・シメールである。
シメールは、生身の亜湖さんの代弁者であるかのように振舞ったりする。
 老人とシメールが、それぞれ同じ本(あるいはアルバム)を読み上げ
ながら、舞台が続く。
 人間になろうとした人形・シメールは、老人を殺すが、何度殺しても
朝5時になると、決まって三度咳をして、老人は生返る。

 舞台と観客席頭上にも一つ、60年代調フォルムの枠型が吊るされて
いる。舞台中央のそれは、まるで鏡の枠のように見え、コクトーの
「オルフェ」でジャン・マレーがくぐり抜けた鏡を思い出す。
 この装置は、シメールにより引っ張られ、壊される。客席側の装置も
同時に落下、破壊される。

 再びスクリーンに、空漠たる原っぱ(?)にいる亜湖さんが映る。
老人/シメールが読んでいた本(アルバム)に火がつけられ、燃え上がる。
 「あなたは一体誰で、どこに行こうとしているの?」という彼女の
台詞が重なって繰返され、映画/演劇が終わる。
 スクリーンは三枚の布地でできていたのだったか、ここでも始まりと
同じく、スクリーンをかき分けて挨拶に出てくる生身の亜湖さんに、
きれいにつながる。

 生涯に数回しか演劇を見たことがない__1968年に「天井桟敷」と
「劇団駒場」、各一回。80年代に「夢の遊民社」一度、というお粗末さ。
__人間が何か言うのは、おこがましいが、演劇の直接的なライヴ性
より、映画のフィルム一皮の距離に心惹かれる質のわたしでも愉しめた
公演だった。

 うすい黒のガウンを、肩をすべらして着る亜湖さんの身ごなしの
うつくしいこと。彼女の骨がとてもいい。痩せた肩の尖った骨、うなじ
から背中への貝殻骨の見え方、あくまでも細長い肢体。それを活かした
バレエの動き。
 うつくしい女優・亜湖さんだ。

 帰りの地下鉄に向かう途中、二丁目を通る。空色の、安い着物を着た
体格のいいゲイバーのオネエサンが、煙草の自販機に行くのとすれ違う。
 オネエサンは胸を張って堂々と歩く。まるで「人生はステージよ」と
主張しているみたいに。
 最後まで演劇的な一夜であった。

     (2010年8月24日 於新宿・シアターブラッツ)





..... Ads by Excite ......
[PR]

by byogakudo | 2010-08-25 12:50 | アート | Comments(0)


<< 夏の小石川植物園写真集 part1      殿山泰司「三文役者の待ち時間」... >>