2010年 10月 18日

(仮)EP-4と「モダンガール論」

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 10月14日付け当ブログにコメント下さった方への返事を考えて
いたら、女友だちの一言について書きたかったのを思い出した。
うまく纏まるかどうか,わからないが、まあ、書いてみよう。

 大昔、受験宿が一緒で知り合った女友だちがいる。猛烈に仲良し
だった時期はなく、つかず離れず、何年に一度か会っては、何となく
付き合いが続いている。

 彼女に誘われた集まりに出たとき、彼女がぽつんと言った。
 「若い頃ね、デパートの手芸用品売り場に行ったり、夕方になると
スーパーへお買物に行ったりするような女にだけは、なりたくないと
思っていたの。
 今はそんな、生活を無視した傲慢なことは考えないけれど」

 でも、あの頃の若い女には、若気の至りではあっても、生活という
ことに対して、傲慢にふるまいたくなる事情があった。
 敵は「良妻賢母主義」。

 斎藤美奈子「モダンガール論」ではたしか、専業主婦のモダン
ガール性・先端性が書かれていたような記憶があるが(うろ覚えで
自信がないが)、あらゆる欧米からの輸入思想がそうであるように、
専業主婦という近代の産物は、すぐに儒教と結びついて日本化され、
田舎町の若い女たちにとって、戦後にも続く桎梏としてしか、存在
しなかった。
 「お仕事して自分を養ってく自信がないなら、いい奥さんになれる
よう努力なさい」__言葉で言われなくても、無言の裡に伝わる。

 仕事につく自信と能力がなく、結婚が相手の家族との結婚に等しい
とき、どう生き延びればいいのだろう。

 女友だちは仕事を持ちながら結婚し、子どもを育てた。
 「身体が大変だったけど、30を過ぎて生んで、良かったのよ。
会社である程度の位置にいたから。20代で生んだ人たちは結局、
会社に戻れなかった」

 1980年代前半の日本の状況だ。今は若い人に仕事がなく、再び
妙な形での、特権的専業主婦願望が起こっているようだが。

 こちらは無能力者として、逃げ続けていた。世の中とどうやって
折り合えるか以前に、どう直面したらいいのかが解らない。

 そんなプーな日々がEP-4時期に重なる。気がついたら巻き込まれて
いた事故みたいな連日連夜ではあったが、仕事や社会とのシミュレー
ションとしては、有効だった。
 仕事への適性なんて考えたこともない女が、「もしかして秘書って
向いてるかもしれない」と思えたのだ。実行こそしなかったが、仕事と
我が身との距離測定が、可能性として思い浮かんだ。(そこから古本屋
開業までの道は、まだまだ遠い。)

 先日、鈴木創士さんと電話でお話しした。EP-4・佐藤薫氏復活余波と
いうべき、かつてEP-4ライヴに来ていた女性たちから連絡がもらえた
こと、彼女たちが変っていないことを述べ、
 「でも男たちはどうなったの? EP-4は決して女の子向けバンドでは
なかったのに」

 女の方が職を得る機会が相変わらず少ない分、反面、公的と私的の
区別をつけずに生きてゆけるのかもしれない。だから結果的にあんまり
変らずいられるのではないか。

 男は社会(=会社)参加せずば男に非ずと排斥されるから、必死で
社会人として振舞い、もはや若いときの私的な側面は捨てたと思い込み、
その反動で少年神話にすがる、という構図だろうか。公的なだけの人
なんて、いる筈ないのに。





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by byogakudo | 2010-10-18 15:55 | 雑録 | Comments(2)
Commented by 23rd at 2010-11-15 00:08 x
EP-4と「妊娠小説」に発展することを!
Commented by byogakudo at 2010-11-15 14:29
そ、それは難しそうです! 牽強付会はお手の物とはいえ・・・。


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