猫額洞の日々

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2010年 10月 31日

(2)グレアム・グリーン「ここは戦場だ」読了

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 写真は、東武伊勢崎線車内から見た隅田川。


~10月27日より続く

 共通の一点で結びつく多数の人々を描く形式が、アルトマン作品を
思い出させた。

 政治集会の折り、妻を守るつもりで警官を刺殺してしまった男に、
死刑判決が下される。
 元バス運転手の死刑囚、その妻、マッチ工場で働く妻の妹、労働者
階級に生まれたが、肉体労働より頭脳労働にふさわしい知力をもち、
プチブルに近づけそうだが、階級の壁に阻まれている不安定な男は、
死刑囚の弟である。彼らを一塊に見るとしよう。

 元バス運転手を捕まえた警察側に警視副総監、ニュースを伝える
ジャーナリストはスパイでもあるようだが、どこに誰に所属しているか、
二重スパイ性充分な男であり、政治思想はリベラルだが生活はブルジョア
階級そのものである人々も、死刑囚の一家と、それぞれに関わりを持つ。

 たとえばリベラルなブルジョア男は、集会で会ったマッチ工場で働く
娘と関係をもつが、彼女は1960年代だったらクリスティン・キーラー
になっていたかもしれない。

 原作は1934年刊。労働運動の勃興に拮抗するかのように、厳として
存在するイギリスの階級制度。この枠組みの中で、生きることの根源的な
悲惨さが、あざやかにスケッチされる。

 警視副総監は、自家の家政婦を見ながら思う。
<大ざっぱに言えば、愛とか、頑固さとか、孤独とか、あるいは更に
 絶望とかいうもの。人間は孤独になればなるほど、じぶんの仕事に
 熱中する。それだけが、少なくとも間違いではない唯一の行為なの
 だし、政府がどんなに政策を改めようと、他人が心変りしようと、
 絶対確実な人間的価値なのだ。>(p104~105)

 裁判(ジャスティス)は正義(ジャスティス)を保証(ジャスティファイ)
するものではないと、いつも自分に言い聞かせている副総監は、警察の
職分に逃れ、自らの生を全うしようとするが、政治的な圧力からも、自暴
自棄になった死刑囚の弟の狙撃からも、自由ではない。
 狙撃を免れ、他の事件の解決につながる見落とし箇所を見つけて、やっと
生の圧力から一時的に解放されたところで、物語が終る。

 暗くて情熱的ですてきだ。
 
     (書肆パトリア 58初 J)





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by byogakudo | 2010-10-31 14:43 | 読書ノート | Comments(0)


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