2011年 02月 06日

今和次郎「新版大東京案内」上下読了

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 期待してたほどではなかったのは、安藤更生「銀座細見」に
底流するパッションを、無意識にここでも求めていたからだろう。
 銀座ライフに決別して研究者への道を進むためのステップボード
として書かれた本と、一緒にしちゃいけない。しかし、安藤更生の
本業を読む機会がいつか来ることがあるか、どうか。たぶん、ない。
 ミイラ。興味を持つ日が来るとは、思えない。

 こちらは、もうちょっと冷静に、資料を駆使して書かれている。
だから細かい指摘がおもしろい。
 東京駅をバックにした写真のキャプションに、
<雨の丸ビル前。[略]土くれ一つない舗道の上で泥靴を洗つてるのは
 道の悪い郊外の住宅区域からの通勤者の多い証拠です。>(上巻 p057)

 また、
< 東京の悪道路、田の中、泥海の状態と云はれたのは数年前の事で
 あつた。[注:大震災後、都市が改造された。]何故モダン・ガールが
 東京に現はれたかと云へば、その一つの原因は実に街路の新式化、
 欧米化にあると云へる[以下略]>(上巻 p060)
 舗装されてこそのハイヒールやローヒールだ。それでも雨の日は、
ビル前の洗い場で、郊外の泥を落とさなければならない。

 都市計画についても書かれていて、東京計画の原型は、ほんとに
この時期、1930年代に作り上げられているのが、よくよく解る。
 cui bono組はいつの時代でも活動し、練られた計画があちこちで
綻びてゆくのは、どうしようもないことなのかと、今との変らなさに
ため息が出る。
 かくして、わたしたちは永遠の普請中の東京に生きる。

     (ちくま学芸文庫 2010年4刷 J)
 





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by byogakudo | 2011-02-06 14:27 | 読書ノート | Comments(0)


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