猫額洞の日々

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2011年 04月 02日

鎮魂と復興

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 今週の新着欄です、よろしく。
 新着欄

 そろそろ復興計画の話が出てきた。素人なりにアイディアがある。
 いま30代半ば以下の若いひとが中心になって、死者への思いを込めた
復興計画を立て、実行できないだろうか。

 高度経済成長やバブル経済期を、からだで覚えている大人たちが復興
計画を考えると、死者への鎮魂より先に、「それ行け、さあやれ」の
ノリになりそうで、わたしはそれを恐れる。

 バブル経済期に生まれ、物心ついたら不況が始まっていた世代、
生まれたときから不況しか知らない世代なら、浮わつかない、静かな
復興計画が可能ではないかしらと期待している。
 死者の記憶を伝える街の再生を図ることが、できるのではないか。

 大人たちは一歩退いて、資金面の問題を検討すればいい。いままでの
経済システムでは不適格で、低成長期に見合った資金調達方法を、考え
出されなくてはならないだろう。
 そこが、二つの世代が話し合う場になるのではないか。

 大人たちが死ぬまで専念すべきは、もうひとつ。福島原発が、これ
以上の事故を起すことなく冷やし続けられ、鎮まるのを見守り続ける
ことだ。
 放射能汚染をこれ以上拡げないことに、世代的責任があるだろう。

 すべてのシステムが完成され切った中に生まれてしまい、自分に
できることは、(システムから提供される選択肢の中から)選ぶこと
だけ、と絶望している、もろくて弱くて、傷つけられる被害者としか
自分をイメージできない若い人々が、いちばん苦手な、他人との接触と
いう問題をクリアーして、鎮魂であり復興でもある計画を立て実行できたら、
彼らの再生でもあり、街の再生でもある風景が、そこに出現するのでは
ないかと、夢想している。
 それは本当に不可能なのか。





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by byogakudo | 2011-04-02 13:17 | 雑録 | Comments(0)


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