2011年 08月 16日

東京新聞2011年8月13日朝刊より

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 東京新聞メトロポリタン面で8月6日と13日の二度に分けて、
15年前の国学院大学広報誌「滴(しずく)」掲載の対談が紹介された。

 小出裕章・京都大学助手(当時)と菅井益郎・国学院大学教授
(日本経済史)のふたりが、チェルノブイリ原発事故から10年後、
「資源・エネルギーの大量消費と現代社会」をテーマに語り合った。

 8月13日収録分から引用する。
<菅井 「なぜ原子力というのは非常に威圧的に開発が進められて
 きたのか。軍事的な目的もあるのかもしれないけど、何か特別の
 うま味があるということでしょうか」
<小出 「うま味もあるでしょう。風車だったら個人でつくれる、
 太陽熱温水器なら個人で屋根に置けるが、原子力は個人ができる
 技術ではない。小さな町工場でもできない。そういう技術の宿命が
 あった。もう少し言えば原子力は軍事です」>

 マネーが敵の世の中さ。コンピュータや大抵の科学技術がそうである
ように、原子力エネルギー開発はまず原子爆弾として始まり、何か民生に
使えないかということで、低コスト(怪しい計算)のエネルギー、地球
温暖化防止の切り札(ウリ文句)としての原発になったのだろう。





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by byogakudo | 2011-08-16 12:42 | 読書ノート | Comments(0)


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