2012年 04月 08日

奥野信太郎 編「東京味覚地図」1/3

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 あとがきには<一九五八年初秋>と記され、奥付は<昭和三十三年
十月二十日 三版 発行>とある。出版してすぐ、増刷されたようだ。
 戦後の混乱が治まり、高度経済成長の始まり頃のゆとりとエネルギーが
感じられる食べ物エッセイ集である。18人の書き手が、それぞれ担当地域
とジャンルを限って記す。

 戸板康二・担当の『新橋』から、銀座と新橋の酒場の違いを引用。

< 新橋から川をこえて店自体が銀座へ行くというのは、よくあることで、
 そういう時に、新橋の常連が、なかなかみこしを上げたがらない傾向の
 あるのも事実である。
  そのリオン[注: 新橋のバーの店名]で、一番たのしいのは、銀座が
 ごったかえすクリスマス・イブだ。その日は、新橋辺りは、町へ出て
 ゆく人にとって、盲点のような場所になる。
 [略]
  ある年のイブには、この店で待ち合わせていた友人が、何時間経っても
 来ない。あとで問い訊(ただ)すと、四丁目から新橋の方へ向って歩いて
 いたが、押し返されて、結局京橋の方へ行ってしまったというのだ。気の
 弱い男ではあるのだが、この一事をもってしても、いかに当夜の銀座の
 雑踏がすさまじいか、想像できよう、
  別の年のイブに行った時も、新橋の付近は、へんにヒッソリしていた。
 三人づれでリオンへゆき、電灯を消して、色ローソクのあかりでハイ
 ボールを飲んでいたが、いつもあう顔があらわれない。いつになく
 しずかに、二時間ほど過した。例えていえば、大スターの妹とつきあって
 いるような、ヒッソリとした楽しさであった。>(p36-37)

 九州ということもあるだろうが、子どもの頃見た大人の男たちは、
大酒飲みが多かった。あんなに酔っぱらって、どう楽しいのか解らない、
酒乱と言った方が正しいような飲み方をしていた。
 1980年代、バブル経済が終わるまで、老いも若きも狂的な酒の飲み方が
続いていたように思う。

 夜出かけなくなったから実相は知らないが、今は、街で酔っぱらいを目に
する方が珍しいのではないだろうか。
 若い衆は、無茶な飲み方をせず、煙草は健康に悪いから嗜まず、異性と
つき合うのは面倒だから恋愛に走らず、努力せずして修道僧みたいな暮しを
してるのかしら?

     (河出書房新社 1958年3版 函) 





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by byogakudo | 2012-04-08 13:40 | 読書ノート | Comments(0)


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