2012年 07月 11日

「ナイーブ」がわからない

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 naiveは、「純真と言えば言えるけど、はっきり言って、馬鹿」
なことであり、日本語「ナイーブ」では後半が捨てられ、専ら「純真」
だけを意味し、好意的・肯定的に使われていると理解してきたが、この
ところ、それとは異なる意味合いで使われる場面にぶつかる。

 新聞で読んだのが、放射能の問題について若い母親同士で話すとき、
「そういうナイーブな問題について話すのは難しい」とか言う発言が
紹介されていた。
 「ナイーブ」という言葉については何の説明もないので、広く(?)
使われているようだ。(いつから、そうなったのだろう? あたしが
知らないだけかしら。)

 ここでの「ナイーブ」は文脈から見るとどうやら、立場によって
意見が異なるので気を遣って話さなければならない微妙な、という
意味らしいが、それなら「配慮する」とか「デリケートな」と言う
べきではないか。
 それ以前に、他人と違う意見を持つのが、いけないことであると
信じているから、そういう配慮も出て来るのではないか、と感じる。

 別の日の新聞で、おおい原発再稼働に実名で反対表明した若い女性の、
「今まで反対することは悪いことだと思っていた。反対意見があるから
戦争になったりすると思っていたが、原発について学んで以来、反対
するようになった」とかいう、理解不能な発言を目にした。
 もしかして記者の要約がまずくて、意味不明になったのかも知れない
けれど、デスクは誰も変だと思わなかったのだろうか。
 論理が通らない発言でも、一旦言われてしまえば何の注意も払われる
ことなく流通してしまう風潮は、原発愛好家にも否定派にも共通するのか。

 また別の日の映画欄に、ショーン・ペンの新作が紹介されていた。
 彼が演ずるのは引退したロック・ミュージシャン。その演技が
「ナイーブ」で良かったそうな。
 繊細、あるいはセンシティヴやデリケートと言うべきではないか。





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by byogakudo | 2012-07-11 15:32 | 読書ノート | Comments(0)


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