2013年 02月 02日

エリオット・ポール「最後に見たパリ」第六章まで読む

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(2月1日から続く)

 1920年代のパリの暖房設備はかなしいものだった。アメリカ人観光客、
すなわち大金持ち用のホテルには辛うじてセントラル・ヒーティングが
あるが、庶民たちには集合住宅であれ安ホテルであれ、無縁の代物である。
冬はただ震えて過ごすしかない。

 クリスマスや大晦日のような特別の日には焚きつけの束や、練炭の粉を
固めたものを買って燃やすけれど、暖炉に使う薪は高価なので、
<台所から熱くなった石炭と灰を容器に入れて持ってきて代用する場合が
 ほとんどだった。猫の毛皮のミトンも、冷えた手足や体を擦るのに使われて
 いた。炭を燃やす小さな火鉢を使う人は多かった。>(p55-56 『第五章 パリ
の冬。自分の努めを大切に』 )

 猫の毛皮のミトンについては『第一章 明け方の小路』に説明がある。
 薬局のショー・ウインドーに<毛皮の部分を外側にしたうす茶の猫の皮の、雑な
作りのミトン>(p14)が飾られている。外国人の目には不思議な眺めだが、ここ
ではありふれたものであると、エリオット・ポールは説明を受ける。

< パリの非常に貧しい人達は勿論猫を飼ったりはしない。反対に、猫を追い
 まわしては閉じこめて餌をやって肥らせ、食べるのだ。それほど貧しくない人人
 (年収二百五十ドルから三百ドルといった階層)は、子供がない場合、ペットを
 飼う贅沢をすることがあった。しかしミヌー[注:金持ちたちは猫をそう呼ぶことが
 多い。]が死ぬと、剥製にはしなかった。[注:金持ちたちは猫が死ぬと剥製にして
 身近に置く。]どうするかといえば台所用のナイフで皮を剥ぎそれを塩漬けにして、
 ミトン商人に売って僅かな金を手に入れる。商人の方は完成品を薬屋に売るのだ。
 冬に、家というか部屋を温める手段のないパリの住民は、猫の毛皮で体を擦って
 暖を取るのである。>(p15)

 アンドレ・ベルノルド「ベケットの友情」(現代思潮新社)でも、ベルノルドの部屋の
暖房は薪である。
<冬になると、まだこのパリに残っていた薪売り商人が一軒一軒まわって薪を
 配達してくれた。かれらはおそらく最後の薪売りたちだっただろう。配達には
 午前中いっぱいかかった。口数の少ないがっしりとした男が薪袋をかついで
 急ぎ足に階段を上ってくる。薪は床の上の本のあいだに下ろされて、春が来る
 まで床のかなりを占領したままになる。>(p101)

     (吉田暁子 訳/河出書房新社 2013初 帯 J)

(2月3日に続く)
 
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by byogakudo | 2013-02-02 10:57 | 読書ノート | Comments(0)


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