猫額洞の日々

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2013年 02月 04日

エリオット・ポール「最後に見たパリ」第十七章へ/カトリック高円寺教会

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 真ん中の写真は聖水。

(2月3日から続く)

 まだ遠征する体力がなく、歩いて行けるカトリック高円寺教会まで散歩。
教会はツィッターやフェイスブックもやっているのですね。

 久しぶりに行ったが、ここはいい教会だ。質素で豊かなものが来る。罰当たりな
ふたりだが、改宗したくなる。

 エリオット・ポール「最後に見たパリ」に出てくるユシェット通りの人々は、
貧しい階層に属する。カトリックの信者もいれば無神論者もいる。

 第十三章『フランス・カトリック教会と社会の調和的関係』によれば、
<二十世紀フランスほど教会が問題を起すことの少い国に私は暮した
 ことがない。[中略]
  一般的に言ってフランスでは僧侶達は無知でも非人間的でもない。
 実際彼等は国際問題について、並の世俗の政治家達よりも情報に
 通じていた。[中略]
  サン=ジェルマン・デ・プレのアルフォンス・リュガン師[中略]、彼が
 日々唱える或る祈りは私を深く打った。
  「慈悲深き神よ、私を金持にも貧乏にもしないで下さい」>(p117)

<フランスの僧侶達は非常に愛国的で相対的に都会的だが、狂信を
 焚きつけたり助長することはなかった。上級下級を問わず、僧侶達は
 狂信をを強く批判した。>(p122)

< フランスの僧侶一般は、知的能力と教育、心理的理解力、寛容、
 その他温みを除くすべてにおいて、アイルランド系アメリカ人僧侶の
 水準をはるかに上回っていた。フランス人僧侶は自らを高級警察官
 とは見做していなかった。[中略]
 カトリシズムが近代の諸条件に優雅に、不調和にならないように適応
 している点でフランスに勝る国はない。>(p123)

< フランスの大衆は[中略]僧侶達が彼等と共にあり、彼等の後ろに
 控えて、彼等の苦難と彼等の屈辱を彼等と共にして、彼等の尊敬に
 寄与する一方、彼等を裏切り、彼らの不幸を餌食にしようとは決して
 しないことを知っている。[中略]
 「私を金持にも貧乏にもしないで下さい」というリュガン師の祈りは
 ミサに集った人人にすぐに唱和され、なぜなら人人は師の祈りが、
 全く真摯なそして謙虚な、師の気持を表していることを知っていた
 からだ。>(p124)

 __そんな章を思い出させる教会である。

     (吉田暁子 訳/河出書房新社 2013初 帯 J)

(2月6日に続く)





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by byogakudo | 2013-02-04 17:25 | 読書ノート | Comments(0)


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