猫額洞の日々

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2013年 02月 06日

エリオット・ポール「最後に見たパリ」読了

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(2月4日から続く)

 パリ左岸、ユシェット通りで小さな生活を営む人々と、親しく
接する読書体験が終わった。

 エリオット・ポール自身はアメリカ人のジャーナリストだから、
当時の(今も)有名なパリのアメリカ人や名士たちとつき合いが
あるが、この本には、ガートルード・スタインもアリス・B・
トクラスもヘミングウェイもフィッジェラルドも、彼が定宿とした
「オテル・デュ・カヴォー」を訪れたことのある人々として名を記されて
いるだけで、主役はパリの小さな一郭のつましく生きる人々だ。

 大文字の「フランス人」や「アメリカ人」ではない、それぞれに
名前を持ち、生きた人々が眼前に生き生きと描かれ、彼らは読者の
身近な隣人・友人になる。

 わたしたちの近所の人々が全員、感じのいい人とは思えない
ように、ユシェット通りの人々も様々である。みんな、強弱の差は
あれ癖がある人たちで、いやな奴ももちろんいる。政治信条も
右から左まで、及び政治に関心のない人など様々だが、それぞれ
折り合いをつけながら暮している。

 第一次大戦後、つかの間の穏やかな日常が保てた時期が終わり、
きな臭い30年代がユシェット通りにもしのび寄る。好感が持てる人にも、
いやな人にも大きな状況が等しく覆い被さる。

< フランコ軍が刻刻とマドリッド郊外に迫っていなかったら、通りの
 緊張は和らいだろう。現実は違っていて、スペインでのファシストの
 楽な勝利の確信とフランスでの同様の勝利の見こみが資産と特権を
 持っていてそれを「人民戦線」に脅かされている人人を刺激して、彼等は
 通りの形勢の悪い側の人人に対して何かと言っては力を誇示した。
 ユシェット通りの住民は、限られた行動範囲しか持たない人人の常として
 大部分が視野が狭く自己中心的で、自分達を二つに分けている対立が
 世界中に広がっていて、互いに死闘を繰り広げることによって世界を引き 
 裂こうとしている二つの相容れないイデオロギーを代表していることには
 気づいていなかった、>(『第二十九章 「不干渉政策」について』 P325)

 エリオット・ポールが内戦下のスペインにいた時期のユシェット通りの
人々の様子は、彼らからの手紙によって知らされる。『第二部 戦前の
三十年代』以降の緊迫感は、読んでいて息苦しくなるほどだ。冷静な
タッチで書かれているので、読者は、なおさら彼らの運命を思いやる。

 戦前の日本と日本人も同じ潮流に翻弄されたと言えるかもしれないが、
彼我の違いは大きい。彼らは各人のやり方で闘った。意思表示した。
 日本人は黙って従い、あとで「だまされた」と言ってるように、わたしは
思う。

     (吉田暁子 訳/河出書房新社 2013初 帯 J)

(2月7日に続く)





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by byogakudo | 2013-02-06 14:09 | 読書ノート | Comments(0)


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