猫額洞の日々

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2013年 03月 19日

山田風太郎「妖説太閤記」上巻読了・下巻半分ほど

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 なぜ「妖説」かといえば、豊臣秀吉が日本を征服したエネルギーの
素は、畢竟、彼が女にもてない醜男だったから、という見地に立った
伝奇小説なので。

 ちびで醜男で、どんな醜い商売女からも「あんただけはいやよ」と
ふり飛ばされる青少年期を過ごした後の秀吉は、ただもう、女を支配
したい、征服したい、そのために天下を取ろうとした、というのが山田
風太郎の見解である。俗流フロイディズムではあるが、この線ですべての
史実と想像とを交えて描写されると、そうかもしれないと思えてくるのが
風太郎のすごさだ。
 後年の明治ものの、はしりではないかしら。

 秀吉の女好きは大人の女を対象としない。少女への偏愛である。女人は
相手にしてくれなくても、少女だったらもしかして、という期待に発するが、
しかも氏素性のない自分より、身分がずっと上の美少女でないと欲情しない。

 ちびで醜男で少女好きという点で、チャップリンを思い出す。失礼ながら。
 秀吉は、自分の醜男ぶり、こっけいさも利用して、戦国の世の一騎当千の
武士たちの間を泳ぎ抜く。武術がだめでも戦術がある。
 才能・力量を認めてマキャヴェリスティックな参謀も寄ってきて、さらに
彼に知恵をつける。
 天性の厚かましいが、なぜか憎めないキャラクターに磨きをかけ、周囲の
反感を買わない形を取りつつ、卑劣な手段をとることもへいちゃら、勢いと
運が彼をトップに立たせる。
 
 だめ男の成功潭なのが、高度経済成長期などには受けた理由だろう。
今に見ていろ、ぼくだって、である。

 「妖説」のすごさは、じつはここではなくて、太閤一代記に終わらず、
近代の日本及び日本人論につながるところにある。
 司馬遼太郎(読んだことがないけれど)史観の真反対にあるのが
風太郎史観ではないかしら。

     (講談社文庫 1979年3刷 帯 J/1978初 帯 J)

(3月20日に続く)





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by byogakudo | 2013-03-19 15:35 | 読書ノート | Comments(0)


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