猫額洞の日々

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2013年 03月 24日

山田風太郎「剣鬼喇嘛仏」読了

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 写真は東高円寺近くで。夕方帰るときにまた覗いたら、日差しを
追って写真には写ってない右側の椅子に移り、やっぱり寝ていた。

 しばらく休んでいた山田風太郎「剣鬼喇嘛仏」を読み終わる。
『伊賀の散歩者』『伊賀の聴恋器』『剣鬼喇嘛仏』『春夢兵』が
好きだ。

 人間の肉体的可能性を極限にまで拡大したのが風太郎忍法だが、
それにしてもすごいデフォルメだ。

 たとえば『剣鬼喇嘛仏』は、宮本武蔵と対決することだけが生き
甲斐の細川家・次男を主人公にする。
 彼の無鉄砲さを抑えるよう命ぜられた女忍者は、いったん交合
したら出産するまで離れない技を用いるが、彼は彼女と合体した
身体のままで、武蔵がこもる大阪城に赴く。

 不可能事ではあるが、机上の論理では可能であることを風太郎は
ヒューマーを込めて縷々証明する。

<非常にいいにくいことだが、どうしても説明しておかなければなら
 ない事項がある。それは排泄という問題であった。で、あえていうと、
 あるときは小さい壷(つぼ)に竹筒で水をそそいで溢れるといった状態、
 またあるときは母親が子供にシーシーさせるあのかたち、あの子供の
 向きを逆にするという方法で解決するよりほかはなく、それ以上なお
 詳細に述べることはこの物語の美的印象を損ずることになるので割愛
 させていただくことにする。>(p248)

 どんなことを書こうと、山田風太郎は品がいい。

     (徳間文庫 2002初 J)





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by byogakudo | 2013-03-24 15:01 | 読書ノート | Comments(0)


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