2013年 05月 01日

コレット「黄昏の薔薇」読了

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 ジャスミンの香りがどこからともなく重く甘く漂ってくる、この季節に
ぴったりかと思いながら読んでいたが、つくづく若いころは老いへの
理解がなかった。
 初読は20歳やそこらだっただろうから、うつくしい女がすがれてゆく
姿に美を感じていたのだろうが、老年はそんな甘やかなものではない、
肉体がシヴィアに辛くなる。

 レアの衰えが冷酷なまでに描かれている。頚が太くなり、顎は二重に、
すっきりしていた背中の線は広く厚ぼったい面になるのが老いである。
 (やせるタイプの老年期であっても、皮膚の衰えが目立ち、皺が全身を
覆う。それはスレンダーとは言わない。)

 ヒロインのレア自身、衰えることへのロマンティシズムを持たない。
彼女は英雄的な実際家だ。
 シェリが結婚して彼女のもとを去ってしまったショックを忘れることは
できないまでも、痛みを薄めるために半年もパリを離れて旅行する。
 帰ってきても彼に連絡しない。矜持があるから。
 他の仲間の女たちや男たちと同じように老年期を受け入れようと、
部屋でくつろぐための衣服を揃え、編物でも始めるのかしらね、と
冷静に自分を眺める。

 だが会いたくて仕方なかったシェリがある夜、突然、彼女の家に
現れる。「僕は帰って来たんだ」と宣言する。
 レアはうれしさを押し隠して、以前と同じように彼を遇する。

 けれども、会わなかった一年という時間は残酷だ。レアの半分の
年齢である25歳のシェリよりさらに若い妻と過ごした一年、レアに
会わなかった時間が彼の眼にレアの現実を認識させる。歓喜の
一夜が明け、彼女の衰えを見なかったふりをしている自分に、
シェリは気づく。

 レアは自制を忘れて彼とどこかに逃げようとまで提案し、彼女らしく
ないと、彼から指摘される。
 彼女は若い男たちの感情教育家だった筈だ。

 若い男を若い世代の妻のもとへ返そうとするレアの様子は、遠く
サガンの「ブラームスはお好き」にまで受け継がれる。

     (角川文庫 1956初 裸本)

 こうなったら岩波文庫版の「シェリの最後」も読もうかしら。





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by byogakudo | 2013-05-01 14:01 | 読書ノート | Comments(0)


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