猫額洞の日々

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2013年 05月 19日

コレット「シェリの最後」/大佛次郎「鞍馬天狗2 地獄の門・宗十郎頭巾」読了

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(5月14日の続き)

 「シェリの最後」にはたくさん紙片が挟んであるけれど、
思い出せるだろうか?
 そうだ、ココ・シャネルの時代、ギャルソンヌの時代が
始まろうとする頃だった。女らしさの定義にスポーティと
いうキーワードが加わってきたのだ。

 母性的な優しさにくるまれて大人になったシェリには、
なじめない時代だ。彼はレアの過去を知る老いた女に
慰藉を求める。立派な(成り上がることに懸命な)自宅を
見捨てて老女のわびしい部屋に入り浸り、過去を愛撫する。
 結論はあらかじめ決まったようなものだが。

     (岩波文庫 1994初 J)

 大佛次郎「鞍馬天狗2 地獄の門・宗十郎頭巾」も読んだ。
あんまりピンとこなかった。ファナティックになることを避けて、
徹底的に話し合うことが大切だ、というメッセージはわかった。

 映画も見たことがなく、鞍馬天狗はスティル写真しか知らない
ので、小説の鞍馬天狗が中年男ではなく、あくまでも理性的に
ふるまうことを信条とする、穏やかな坊ちゃん風の青年であるのに
驚いた。

     (小学館文庫 2000初 J)





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by byogakudo | 2013-05-19 13:13 | 読書ノート | Comments(0)


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