猫額洞の日々

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2013年 06月 12日

石井妙子「おそめ 伝説の銀座マダム」読了/ Terrain vague展、二日目

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 Terrain vague展、二日目。今日も雨。土曜日まで雨もよいの
天気が続きそうだ。なんてことでしょう。でも来週の夏の暑さを
思わせる天気予報を見ると、どちらがいいのだか。
 佐藤薫氏、リツィート、ありがとう! もし時間があれば覗いて
ください。



 結局、ハドリイ・チェイスではなくこちらを先に読んでしまった。
著者・石井妙子がおそめ、こと上羽秀(うえば・ひで)に注ぐ敬愛の
思いが伝わってくる、力作。(なんで賞を取らなかったのだろう?
同時期にノンフィクションの傑作が出そろっていたのかしら?)

 最晩年とはいえ、上羽秀も家族たちも存命で、書き難い部分が
多々あっただろうが、細かい気遣い・配慮のされたルポだから、
関係者も、読んでいやな思いはしなかったであろう。ここまで注意
深く配慮されても、とにかく書かれること自体がいや、ということは
あるだろうが。

 角田元義(すみだ・もとよし)を父に、上羽よしゑを母にもつ
秀(ひで)は戸籍上のほとんどの時間を、母方の姓・上羽を
名乗って生きたが、社会的には芸妓時代につけられた「そめ」
(「おそめ」)の通り名の方が長く伝わるだろう。紙碑というべき、
この本によって。

 舞妓さんか女優になりたい、と願った少女が、ひたすら、その
生きかたを貫く。
 美貌と、端からみれば歯がゆくなるほど無防備な無邪気さ(愚かさ
という徳でもある)と優しさ故に男たちに愛され、同じ職業の女たち
からは嫉妬され憎まれ(無邪気さは無神経さと受け止められるから)、
穏やかなときはなかなか訪れそうもない資質である。
 スター性の光と影の話だ。

 裏から読めば日本マザコン史、でもある。母・よしゑは夫の父に犯され
そうになったのに、彼女に責任があると周囲から非難される。
 いまの日本でも、強姦されるのは女に何か落度があるのではと、猜疑の
目で見られやすい。女性が就ける仕事がなかった時代だから、女は忍耐を
強制されるのだが、仮に男女同一賃金制が確立されたとしても、そこらの
事情は変わらないのではないか。残念ながら。
 他人の不幸を蜜の味ととらえる性向がなくなるとは思えない。

 おそめがただひとり愛し抜いた男、俊藤浩滋(しゅんどう・こうじ)に
しても、本の中では一度もこの言葉は用いられていないが、端から
見れば、バー「おそめ」のマダムのヒモである。
 酒場の仕事は裏方の男手として手伝うが、なじみのヤクザとつき合い
続け、先妻とは離婚しないまま上羽秀と暮らす。先妻とその子どもたちの
生活費は、バー「おそめ」あるいはクラブ「おそめ」の売上げから出る。

 けれども、おそめさんの主観に従えば、大事な旦那様であり、ともに
仕事をしているという認識だ。
 彼がバー「おそめ」で知り合った映画関係者の伝手で、東映・任侠
映画のプロデューサーになったことを心から喜ぶ。が、彼が忙しく
なって一緒にいられる時間が減ったことを悲しむ。

 無償の愛。という言葉はおそめさんの語彙にはないだろうが、そう
呼ぶしかない愛の形だろうか。
 にぎやかで華やかな場を愛し、うつくしい女や偉い男が大好き、
だからいつまでもバーという社交場にいたいだけ。そこで得られた
お金がどう廻ろうと、おそめさんは興味がない。
 恬淡、というのでもない。たんに興味がないから、ない。

 愛人、パートナー、何と呼ぶべきか、俊藤浩滋との愛についても、
彼女は尽くしたいから尽くしただけであろう。
 ただ、彼はヒモとして優秀である。バーのカウンターに立てば
著名人たちにちやほやされる美女が、家にいれば彼にかしずく。
並の男なら忸怩たる内心が滲み出して、(社会的には影の存在
であっても)男は偉い、という立場を取り続ける__女の目にそう
見えるよう、ふるまう__のは難しいだろうが、彼は一貫して
「男」を演じきった。
 一度でも気弱な内心を見せたら女の幻想はさめることを、性来
理解していたのか、ヤクザとのつき合いでヒモ道を学んでいたのか
(学習しても、素質がなければ続けられない)、おそめさんとの絆は
断ち切れることがなかった。
 こういう関係にDVの構造分析を当てはめようったって無駄である。

 修羅場に汚されることがない無垢のまま、上羽秀/おそめは老い、
妖精のような気配を漂わせて、彼女は昔の夢を見続ける。

     (新潮文庫 2009初 帯 J)





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by byogakudo | 2013-06-12 13:13 | 読書ノート | Comments(0)


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