2013年 07月 14日

エリス・ピーターズ「死と陽気な女」読了

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 もうすぐ15歳になろうとする少年の頃を思い出してみよう。
 退屈なピアノのレッスンの帰り、若いブルジョアたちのパーティ
会場近くを通りかかったとき、テラスで裸足で踊る20歳くらいの
美女を見てしまう。
 あやめ色の雲のようなドレスに身を包み、銀色のピンヒール・
サンダルを手にぶらさげ、
<両腕を広くひろげながら飛びはねていた>(p7下段)
<たのしげに光り輝いている顔>(p8上段)を見てしまう。

 <彼女は並みの背丈しかなかったが、ほっそりしているので
 高く見えた。それに、暗い濃紺の空を背景にして、彼の頭上で
 舞っていたので、いっそう高く見えたということもあろう。>(p8下段)

 女神の手から片方のサンダルがすべり落ち、少年の手の中に
落ちてくる。彼女は大人の男に対するのと同じように丁重な言葉
遣いで彼に謝る。
 彼女は酔ってさえいなかった。
<長く垂らした柔らかな薄茶色の髪の蔭から、どことなく哀調をおびた
 つぶらな紫の目が、静かに彼を見つめていた。>(p9下段~p10上段)
< 彼は慎重に距離を測って、彼女のさしのばした手にサンダルを
 静かに投げた。彼女はそれをアザミの冠毛のように軽やかに空中で
 受けとめ、[中略]
 去りぎわに、名残り惜しげな、詫びるような一瞥を彼に投げて>(p10
上下段)姿を消す。

 初恋だ。少年だったことはないけれど、彼の感動を共有する。圧倒的な
感情に翻弄され、ようやく落ち着いた15ヶ月後、彼は女神に再会する。

 学校の体育館で、年に四回ある献血行事の日だ。16歳になった少年は
真紅のカルマン・ギアが駐車するのに気づき、好奇心をそそられる。
<ドアが開いたときも、まだ目をそらすことができなかった。だが、次の
 瞬間、その車すら輝きを失ってしまった。一人の女が長い優美な脚を
 外へのばし、体育館の入口へ向かって、コンクリートの上をゆっくり
 歩いて行った。>

 彼はとっさに自分も献血をしようと決め、彼女と口をきく機会を得る。
採血中の彼女とお喋りして、カルマン・ギアで家まで送ってもらう。
< 「この次の献血のときに、また会いましょうね」>(p23上段)

 そして彼の血でも彼女の血でもなく、大量の血が流される事件が
起きて、彼らはふたたび巡り会う。

 この第一章だけで堪能して、本題の殺人事件は、どうでもいいとさえ
思う、完璧な導入部だ。事件が起きてからの少年の心理や成長過程など
丁寧に描かれていて、いいミステリなのだが、思い出すと蘇ってくるのは
第一章である。みずみずしく、うつくしい。

     (HPB 1964初)





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by byogakudo | 2013-07-14 13:57 | 読書ノート | Comments(0)


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