2013年 08月 04日

悩みごと とか

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 ファナティックになりやすいのは重々知っているがしかし、最近の
ホームページ記述のくだくだしさには我ながら呆れる。

 本の状態を伝えるのに、どこまで書けばよいのか解らなくなった。
古いHPBが多いので、書こうとすればいくらでも細微に渡る。これでは
細かすぎて、却って本の状態がイメージできなくなりやしないか、とも
思うのだが、一旦HPBを手にすると、三次元物体のレポート開始だ。

 表面(表紙)から始まり、小口、見返し、本文と内攻する。さすがに
全頁のチェックはできないが、全般的にきれいな紙面であっても、薄い
シミを見つけたりすると、<紙面(本文)概ね良>と書く。
 トータルな紙面のきれいさが、どこかへ行ってしまう。どうすればいい
のだろう?

 こんな調子で書いていくので、5冊もやれば疲れ果てる。パソコンの
文字がますますダブッて見える。朝からすでにダブッているが。

 話が変わる。これは前に書いてたかしら?
 小林信彦が「週刊文春」のコラムで何度か「悩ましい」の誤用に
ついて書いていた。
 近頃の「悩ましい」の使い方が、本来の「悩殺的である」から離れて、
あれとこれ、どちらを取るべきかに「悩む」の意味で使われるように
なったと指摘している。
 この誤用はもはや既定路線になったようで、彼も読んでいる「東京
新聞」紙上において何度となく見かける。
 セクシーじゃない「悩ましい」と、馬鹿じゃない「ナイーブ」が
最近の二大誤用例だろう。

 また話が変わる。昨夜TVで見た、田中泯がフランシス・ベイコンの
絵画の前で踊る番組。なんか違う。ダンスも舞踏も知らないで言ってる
から、勘違いしてるのはこちらかもしれないが。

 絵画は事物を二次元に引きずり込んで提示する。ベイコンの絵画を背景に、
肉体という三次元を用いて、まるで描かれるときのモデルのような動きを
見せることに、なぞり以外のどんな意味があるのだろう。二次元・三次元間の
双方向性? まさか。
 時間の次元は無視して言っている。絵を描く時間、描かれた絵を見る時間、
会場で踊る肉体とそれを見る時間を捨象している。

 ライヴで見れば違った感想だったかもしれないが、カメラで切り取られ
編集された映像でみる範囲では、なぞりと、一時間のTV番組にまとめる
という制度に着地した様子しか見えてこなかった。それって退屈じゃない?





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by byogakudo | 2013-08-04 13:44 | 雑録 | Comments(0)


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