2013年 08月 20日

小林信彦「日本の喜劇人」再読・読了

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 読むのはたぶん二度目の、小林信彦「日本の喜劇人」だ。
今回はゆっくり読む。ゆっくり読んでも、知らない喜劇人の
名前と仕事については覚えきれない。
 大阪系の芸人はほぼ全員知らないし、「コント55号」と
「ドリフターズ」は、TVを持ってなかった時期なので見て
いない、というのを再確認した。

 死屍累々の喜劇人史だ。絶望の日本近現代史でもある。
 ドライな喜劇に人情味を混ぜなければ、けして一般化
されず、ドライでスピーディでピュアな喜劇を志しても、
肉体は老い易く、身体のキレや速度は落ち、意志が貫徹
されることはない。
 不可能への夢が喜劇の在りようなのだろうか。

 宍戸錠を考察する『第六章 醒(さ)めた道化師の世界  
日活活劇の周辺』から引用する。

< 日本の喜劇人の主流をなす発想のパターンは、まず
 珍芸で大衆を驚かし、人気が湧(わ)いたところで、少し
 ずつ、<演技派>に移行し始める。そして、うまくいった
 場合、晩年は、ポスターにずらりとならんだ名の最後に、
 筋一本へだてておさまる(トメというらしいが__)存在
 ......つまり、<重い脇役>になる。>(p144)

 __貧困から這い上がり、上流とまでは行かないが、まず
まずのところに落ち着くことを人生の上がりと信じる、近代の
日本人の肖像とも読むことができる。
 喜劇人と言わず元スポーツ選手にも見られる例だが、タレント
として名を売ったあげく、参議院議員になることを勧められて
ノッてしまうとか、文化人もどきの扱いに満足したりとか、憂鬱な
例はいくらでもある。

 宍戸錠はこれらの真反対から出発する。醜く整形することに
よって若手二枚目スターの道を自ら閉ざし、ハリウッドの脇役
スターの存在感を得ようとするところから始めた。

< 私の知る範囲において、宍戸錠はつねに醒めた人物であり、
 自分を突っ放して眺めることのできる珍しいスターである。>(p150)

< [略]ギャグを含めたさまざまなアイデアを持ち込むことによって、
 彼は、パターン化した日活活劇を冷やかし、批評し、真にユニークな
 役者となっていった。<笑わせる殺し屋>という、それ自体、矛盾した
 役柄を、極限までひろげることによって、<エースのジョー>という、
 いまだに通用するイメージを創造したのであった。>(p151)

< この章の初めで触れたとおり、日本の喜劇人は、テレビでの
 ハレンチな怪演から<演技派>へというコースを辿(たど)る人が
 多い。
  それは、いちがいに責めることはできない。怪演・珍演・体技を
 つづけるというのは大変なのである。[中略]
  宍戸錠という例外をわざわざ、私があげたゆえんは、二枚目、
 悪役から、主演スター、テレビでの珍演という、およそ類のない
 __日本の喜劇人の発想と正反対の道を辿って、いぜん、ドタバタを
 つづけている一つのケースを明示したかったからにほかならない。
  さまざまな運と不運にもてあそばれてきたこの役者の半生は、
 そのような外的条件にもかかわらず、一つの方向を、はっきりと
 もっていた。それは<アクションの魅力>と<ナンセンスへの意志>
 である。彼が、いわゆるコメディアン以上にコメディアン的なのは、
 その目標に向ってのつみ重ねが、方法論を踏まえており、莫迦(ばか)
 な真似をやっている自分をみつめるもう一人の宍戸錠の距離測定が
 しっかりしているからではなかったか。>(p158-159)

 群れない個人であって、しかもスターであり続ける "JOE, ICON"。

     (新潮文庫 1982初 帯 J)





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by byogakudo | 2013-08-20 13:21 | 読書ノート | Comments(0)


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