2013年 09月 15日

森まゆみ「『婦人公論』にみる昭和文芸史」読了

e0030187_1327213.jpg












 「婦人公論」は2006年に創刊90年を迎えた。誌上に掲載された小説を
戦前と戦後に分け、戦後をさらにふたつに分けて、森まゆみが解説する。
 森まゆみの腰の据わったフェミニスト批評を読む本である。「婦人公論」は
わたしのジャンルではなかったし、取り上げられた小説の殆どを読んだことが
ないけれど、せっせと読んだ。

 <第三章 誰がためにペンはある__高度成長をゆく戦後編2__>の
<水上勉と「くるま椅子の歌」>を例にとる。1964年から2年弱の連載だ。
 脊椎破裂で生まれた赤ん坊をもつ要助と美弥子の夫婦。彼らの葛藤と
戦いの物語である。

< 祈れば救われる、とする新興宗教の誘いも来る。そして、美弥子は
 ふとしたことから、障害児をもつ親の会<手をつなぐ父母の会>の会合に
 出席し、重度障害児に一つの国立施設もない社会の現状を知り、人権
 意識にめざめていく。
  それも夫要助は、共産党の煽動だ、といってはじめ冷笑する。時あたかも
 一九六〇年代、日本が高度成長を達成するために、弱者を置きざりにして
 猛進していた時代である。
  「だからといって......それじゃ、金のない日本はオリンピックをやめて、
 いま身障者のために、大学なみの施設をつくれっていうのか」
  男はたいてい体制順応的である。会社の利益、高度成長のためにはしかたが
 ない、と安全性の疑われる農薬や食品を売る。大事な地域社会を壊すと知って
 いても目をつぶって再開発して、超高層ビルを建てる。「政府だって大変だろう」
 「会社がつぶれれば元も子もない」と企業に勤める男たちはいう。女は逆に暮らし
 から発想する。産んだ子のいのちを守り育てるために、このころから母親たちは
 食の安全にとりくみ、環境破壊に抗して運動を始めた。>(p293~294)

 森まゆみは2006年をこの連載に費やした。新書化が2007年である。

 宮本百合子の章の最後の行は、百合子の言葉__
<「[略]一つ一つの歯車をしっかりつかまえて、よく意味を理解するように
 して暮らしてゆかないと、いつの間にか『そうなっちゃった』『あらまあ』と
 驚くようなことになってしまうんです」>を引いて、こう結ばれる。
< 戦争を止められなかった深い反省の言葉を銘記したい。私は戦後生れだが、
 次の戦争には責任がある、と思うから。>(p134)

     (中公新書ラクレ 2007初 帯 J)





..... Ads by Excite ........
[PR]

by byogakudo | 2013-09-15 13:23 | 読書ノート | Comments(0)


<< エド・レイシイ「リングで殺せ」読了      「森秀貴・京子コレクションによ... >>