猫額洞の日々

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2013年 10月 01日

シオドア・スタージョン「きみの血を」再読・読了

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 メタフィクションではあるけれど、仕組みを面白がるしか楽しみようのない
通例のそれと違って、スタージョンらしく可愛げあるメタフィクションだ。

 読者は精神分析医のデスクへ進むよう誘われる。患者を送りこんできた
分析医の上司と医師との往復書簡を間にはさみながら、患者の手記(自叙伝)、
医師による分析が語られる。
 患者の物語(history/story)が終わると、読者は分析医のデスクから
立ち去るよう告げられる、という構造である。

 スタージョン作品としてはもっと好きなものが他にあるけれど__つまり
ものすごく好きという訳ではないが、今回HPBで読んでいちばんハッとした
のは患者の手記の部分で、前置きや章を立てることなく、

< この時、ジョージ・スミス[注: 患者の姓名]は二十三歳だった。>(p19上段)
と始まり、三人称での物語が続きながら手記の終わり近くでいきなり、

< フィル[注: 分析医の名前]は私にこれまでの物語を書いてみるようにと
 言い、私がどう書いたらいいかわからないし、どこから始めたらいいかも
 わからないと言うと、彼は事実を書くことを約束してくれるならどこから
 でもいいと言った。>(p81上段)と、一人称に変るところだ。

 (なんだ、メタフィクションぶりを楽しんでいるじゃないか!)

 スタージョンの物語る主人公はどれも、孤独でヘンテコなひとだ。孤独感を
覚えていても、理由がわからない。自分が他人とどう違っているのかが、まず
わかっていない場合が多い。
 この作品ではそのヘンテコさが外側から描かれているのが、珍しいといえる
だろう。

     (HPB 1988再 帯 VJ無)





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by byogakudo | 2013-10-01 14:13 | 読書ノート | Comments(0)


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