猫額洞の日々

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2013年 10月 10日

坂口恭平「独立国家のつくりかた」読了

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 すべてはお金に換算される、いや還元される資本主義社会に生きて
いるわたしたちであるが、その息苦しい欺瞞性・幻想性に気づいたら、
他のやり口を試みればいいだけではないか、という提案である。

< だから、僕は言うのだ。社会システムや法律や土地所有や建築や
 都市計画を変えようとするな、と。
  何かを変えようとする行動は、もうすでに自分が匿名化したレイヤーに
 取り込まれていることを意味する。そうではなく、既存のモノに含まれて
 いる多層なレイヤーを認識し、拡げるのだ。
  チェンジじゃなくエクスパンド。それがレイヤー革命だ。>(p41)
__これはわかる。

<僕たちは経済のことについて実は大きな勘違いをしているのかも
 しれない。つまり、「経済」とは語源にさかのぼれば「どうやって
 家計をやりくりするか」「住まいとはどういうものなのか」「僕が
 住むここでの共同体とはいかにあるべきか」を考え、実践する行為の
 ことを指すのである。言い換えれば、それは社会を変えようとする
 行為のことだ。社会を変える行為、それを僕は芸術と呼ぶ。
  あれ? そうすると、芸術=経済なんじゃないか?>(p102)
__ここは同意しない。アートが有用性を持ってはおしまいだと思うので。

 読んでいるうちに、息せき切った調子が心配になった。これでは倒れるの
ではないかと思っていたら、やはり時折ひどい鬱症状に襲われるという。
 けれども自殺願望を抱くその時期すらも、坂口恭平は、

< 死のうと思うこと。絶望すること。実はそれは力だ。ただ、それは何か
 行動を起こそうとする力ではない。自分が大きな目になるような力である。
 つまり、行動ではなく傍観、俯瞰の世界に入れる。芸術とデザインワークの
 間、自己実現と社会実現の間、そんな違いが一目瞭然に理解できる。
 [中略]
  だから、やっぱり僕は寿命で死ぬまで自殺願望を持って生きていくのだろう。>
(p183)と肯定する。

 「ズラかる」こと、「下りる」ことをモットーとして生きてきたので、了解する
箇所はあるが、協同というのがとても苦手なのだと再認識することになった。

     (講談社現代新書 2012年3刷 帯 J)





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by byogakudo | 2013-10-10 14:26 | 読書ノート | Comments(2)
Commented by saheizi-inokori at 2013-10-11 10:38
そういう本だったのですね。
ちょっと読みたくなりました。
Commented by byogakudo at 2013-10-11 13:07
現代思想というのも無知のジャンルのひとつですが、あれを便利な
記号ルールブックとして使ってゲームを作っているような、そんな
感じも受けました。


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