猫額洞の日々

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2013年 11月 13日

J・G・バラード「燃える世界」再読・読了

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(~11月10日より続く)

 第一部では旱魃に苦しむ人々が水辺を求めて海岸に押し寄せる。
主人公の医師、チャールズ・ランサムは、自分のハウスボートに
作り上げた小宇宙から離れ難く、街に留まろうとする。
 ランサムは妻が愛人とともに去ることにも恬淡としている。彼の
記憶のオブジェがちりばめられた船室から離れたくないのだ。
 
<本棚には、医学生だったときに解剖室で使った解剖学の教科書が、
 ずたずたに切られて台の上にのっている屍体から拭きとられた淡い
 血のようにしみこんできたフォルマリンのしみをページにつけたまま、
 並んでいた。それらの屍体のあいだのどこかに、ひょっとしたら、外科医
 だった父の見知らぬ顔があったのかもしれない。机の上には、まだ子供
 だったときに白亜の断崖から削りとってきて文鎮(ぶんちん)に使っている
 石灰岩がのっていた。その表面に食いこんでいる化石になった貝殻は、
 何百万年という彼方からジュラ紀の量子を現在のランサムに伝えている
 のだ。この文鎮のむこう側には、あたかもランサム自身の「十戒の箱」
 でもあるかのように、蝶つがいのついた黒檀(こくたん)の枠にはめこまれた
 二枚つづきの写真が大事そうに立てられていた。右側の写真は、両親が
 離婚する前、まだ四歳だったランサムが父母といっしょに芝生に坐っている
 ところを写したスナップで、左側のは、この恐ろしい記憶を厄ばらいする
 役目をになったもので、これは画家タンギーの筆になる小さな絵「まだるき
 日々」の複製だった。小石のような滑(なめ)らかな物体がいくつも、あらゆる
 連想を剥ぎとられて、潮に洗われた海床の上に宙吊りになっているこの絵は、
 他の何ものにもまして、ランサムを日常生活の退屈な繰り返しから隔離させ、
 孤立させる働きをしていた。>(p17~18)

 長い引用になったけれど、小説全体をひとつのオブジェに結晶させたような
パラグラフだ。
 ランサムの根深い孤独や疎外感は、やっと海岸近くまで来たものの先住者の
仲間入りができず、水盗人として行動する第二部にあっても変らない。
 第三部では、かつての街の方向へ逃げ去るライオンを見たことから、街に
水があると確信し、はぐれもの同士で砂漠になりかけている街へ帰還する。
ランサムの希薄な存在感はその頂点を極め、彼の死で物語が閉じられる。

 物語? 「ヴァーミリオン・サンズ」の世界に住む人々であってもおかしくない、
調子の狂った、はぐれものたちに取りまかれ、かろうじて物語の進行を支える
主人公によって、風に吹かれて堆積する砂の風景が描かれる。

     (創元推理文庫SF 1970初 J)

 バラードは、四大の破滅物語が美的に完成され過ぎていると感じたのでは
ないだろうか。その後、人工物もまたひとつの自然環境であるという認識の
もと、より美から遠ざかろうと意識した、崩壊・破滅の風景画が続く。





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by byogakudo | 2013-11-13 14:35 | 読書ノート | Comments(0)


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