猫額洞の日々

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2013年 12月 03日

小林信彦「人生は五十一から」読了

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 もっぱら病院の待合室で読んでいる小林信彦の「週刊文春」
での連載コラム、1998年1月1日/8日号から12月24日号までの
一年分が収められている。バブル経済が終わり、不況が日常と
なり貧富の差が拡大し続ける現在まで続くコラムの、第一回分だ。

 単行本化された1999年の「あとがき=横丁居住者の生活と意見」と
文庫化された2002年の「文庫版のためのあとがき」、ふたつのあとがきが
入っているのが親切だ。

 単行本での「あとがき」から引用__
< ぼくの基本認識は、日本人のメンタリティが、戦前・戦時中と現在を
 くらべて、さほど変化がないというものです。敗戦によって、日本人や
 日本の社会が完全に一変したというのはフィクションです。
 [中略]
 <日本人は変っていない>という感想を持ちます。大衆は権力者につねに
 騙され、大新聞とテレビが権力者に寄りそう、という在り方には、現在の
 身辺のことを書きながら戦中・戦後の記憶を串刺しにする方法でしか
 対抗できません。>(p275~276)

 新治安維持法が通りかねない2013年の今でも/未だに、上記の認識と
方法論は有効であろう。<日本人は変っていない>どころか悪化している
現在である。

 石破茂や町村信孝や森雅子、天皇に直訴する山本太郎などなど、みんな
憲法にある主権在民思想を学び直すべきだろう。

 デモ隊の大声に怯えてるらしい石破茂のために、静かなデモの例を
考えてみた。
 あまり大音量でなく「葬送行進曲」を流しながら、黒い腕章か喪章を着けた
デモ隊が静かに行進するのだ、「呪 (不)特定秘密保護法案」という横断幕を
掲げて。
 「葬送行進曲」だけでは単調になるので、日蓮宗系の人々にも呼びかけて
ときどきアクセント的に団扇太鼓を叩いてもらおう。黒と白の集団による
静かなデモだ。

 選挙のときには何も言わずに、国会が始まると頼んでもいない法律を
通そうとする。落選したらそれまでの権力を、生きてる限りは持ち続け
られると信じ込むのは愚かである。「今カラデモ遲クナイ」、改心なさい。

     (文春文庫 2002初 J)





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by byogakudo | 2013-12-03 13:58 | 読書ノート | Comments(0)


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