2013年 12月 15日

山口富士夫「村八分」読了

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(~12月12日の続き)

 [構成] 藤枝静樹、とある。この方が山口富士夫にインタヴューして
聞き書きを書かれたのだろうか。とてもうまく、生き生きした語り口に
なっている。

 山口富士夫に音楽について多く語らせているのが、いい。彼は何よりも
音のひとだし、それしかなかったのだから。彼の人生に纏いつくドラッグの
問題も、音作りと切り離せない。
 バンドという共同体で音楽を創りだす作業の困難と喜び__音楽行為
だけに留まらず、仲間と毎日、一緒に動くことで互いを理解し、それらが
音に反映されるが、日々をともにする中で人間関係上のトラブルも多々
発生する。

 ロック・バンドは男の子たちの共同体だと、若い頃思っていた。ほとんど
ホモセクシュアルな集合体に見えた。

 ひとが二人いれば権力闘争が始まる。そんなに人間関係でトラブるのなら、
バンドを止めて友だちでいるのも止めればいいだけじゃないかと、女らしく
乱暴なことを思っていたが、当事者としてはそう簡単ではないのだろう。
 山口富士夫と柴田和志の関係にも、ホモセクシュアルなものを感じる。
相手の才能を認め、そのすばらしさ故に、人間的なひどさに一時的にせよ
目をつぶり、結局あとで離れるのだが。これはDVの一種なのか?

 「村八分」に対抗できるだけの存在感をもつロック・バンドが、もし当時
あったら、或いは京都ではなく高円寺でバンド活動していたら、と空想する。
 もしそうだったら、「村八分」も自己相対化できたのではないか。特権
意識にがんじがらめになったり、閉鎖空間で生きなくてすんだ、のでは
ないか、とあり得ないことを思う。
 オンもオフもなく、自らを人目にさらし続けることでしか王であることの
証明が成されないとしたら、それは人間の力を越える。観客はいつだって
無責任に王である行為を眺めて享受し、次の王を待つだけ...か。

     (K&Bパブリッシャーズ 2008年3刷 帯 J)





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by byogakudo | 2013-12-15 17:56 | 読書ノート | Comments(0)


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