猫額洞の日々

byogakudo.exblog.jp
ブログトップ
2014年 01月 23日

身体/速度

e0030187_14402059.jpg








 写真は、お正月に行った善福寺池。水面を渡る風のそれはもう
冷たいこと。早々に喫茶店のある、駅の方向に反転した。
 十年以上前にもやはりお正月に九段下の旧竹平寮を撮りに行ったが、
このときもお堀を渡る風の冷たさに負けた。若い女性も撮りにきて
いたが。

 大昔(1970年頃)の記憶の善福寺池は、もっと放ったらかされた
感じで、池の背後に雑木林が荒涼と、池の縁も整備されてなく、
水がひたひたと足下に寄せる、いい感じのところだったので、もう
変っちゃってるだろうとは思いつつ、再訪してみたのだが、やはり
現実は老人の感傷なぞ受けつけずシヴィアである。

 いつも都内の限定された区域しか動いていない。東は向両国、
西は吉祥寺(井の頭公園)、北は新井薬師、南は浜田山あるいは
遠出して高輪。あ、銀座や築地は南だろうか?
 明日は用事で都内から少し出る予定。いちおう行き方はわかったが、
ふたりして途方に暮れている。ごちゃついた街中でなら、美は見つけ
られるけれど、郊外や自然豊かな、と呼ばれるところとは折り合いが
悪い。

 これも大昔に属するが、母の病気で九州に戻ったとき、身体時間と
周囲の時間とに差を感じて__明らかにわたしの周りを1/2速までは
いかないが、ゆっくりした時間が取り囲んでいた__身の置き所に
困ったことを思いだす。
 ふだんは意識していない、体内の速度と体外の速度のズレに気が
ついて、動きがとれなくなったのだろう。ふだんは感じない心臓の
鼓動や内臓の痛みに気づくとき、それは病いと総称される身体違和の
警報であるように、速度のズレが身体に突き刺さる。戻ってきて、新橋や
銀座の不機嫌そうなサラリーマンたちの表情にほっとしたのを覚えている。

 人ごみは嫌いだけれど、ひとが多く集まった町/街を流れる時間が、
身体に居心地のよさを与える。
 だから、自然美や、ひとの少ない郊外と縁がないのか。


[14年01月24日加筆訂正]
 Sが、「浜田山は西だよ!」。
 白山(小石川植物園)や本郷は北なのか、東なのか?
 東急池上線の全駅制覇、という計画もあったが、実現するのか?
実行するにはまず五反田まで着いてなければならない。早くしないと
街並だけでなく身体的にも手遅れになりそうだ。久が原、とてもすてき
だったなあ...。





..... Ads by Excite ........
[PR]

by byogakudo | 2014-01-23 14:41 | 雑録 | Comments(0)


<< トマス・チャステイン「パンドラ...      チャイナ・ミエヴィル「都市と都... >>