2014年 02月 02日

鹿島茂「昭和怪優伝__帰ってきた昭和脇役名画館」読了

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(~2月1日の続き)

 『第十一回上映 鉄砲玉の美学 渡瀬恒彦(わたせつねひこ)』では、
東映ヤクザ映画の変遷が語られる。

 東映ヤクザ映画は、三島由紀夫の死(1970年11月25日)で前後に
分けられる。
 前期は、
<徹底した「反近代」の映画>であり、<義理と人情という失われつつある
 伝統的な日本の価値観を称揚する一方で、それを破壊する近代的な勢力に
 対して必敗を覚悟で戦いを挑んだあげくに散る「散華」の映画>(p304)
である任侠映画。
 70/11/25以後の後期は、
<明治から昭和初期にかけての美的秩序に満ちた世界(任侠映画の世界)は
 すでになく、また、その代償として戦後派に与えられた占領期のアナーキー
 というユートピアも失われている>(p308)状況にあり、
<戦後のアナーキーというユートピアを滅ぼした近代的大資本に侵略される>
事態がもたらされて、暴力団員が
<ようやく生きがい、いや正確には「死にがい」を見いだす>(p308~309)
ヤクザ映画となる。

 学生運動にかかわった若い男たちがヤクザ映画に熱狂していたのは、こういう
理由だったのか。だからわたしは学生運動と相性が悪かったのか、と納得する。

 戦後与えられた民主主義下に生れ、その鹿鳴館的民主主義に居心地の悪さを
感じながらも成果に包まれて成長した自我が、存在理由を見つけようとして、
或いは息をつく場を求めて、占領下のアナーキーを模造しようと試みたのが
学生運動である、と認識するのは、あまりにひとごと・よそごと視した言い種
だけれど、でも彼らは戦後の戦中派になりたかったのではないか。
 俺たちは闘ったぞ、と言いたいだけの。

 彼らが若い世代に対して、やる気がないだの何だのと批判するとき、自分たちの
自我の満足のために戦後秩序を壊そうとして失敗した__敗北への美意識が根底に
あるとはいえ__結果、反作用的に管理がひどくなり、年下の世代が萎縮して生きる
しかない世界を残したことを忘れている。
 せめてこの程度の反省は必要ではないかしら。

     (中公文庫 2013初 帯 J)





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by byogakudo | 2014-02-02 15:57 | 読書ノート | Comments(0)


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