猫額洞の日々

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2014年 03月 20日

la mimosa/エリオット・ポール「最後に見たパリ」より

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 仏和辞書で引くと、le mimosa である。エリオット・ポール「最後に
見たパリ」の『第一部 戦後の二十年代 第三章 黒衣の女の巡回』では、
ミモザは男性名詞か女性名詞かという議論が記される。

 パリのアメリカ人、エリオット・ポールが知り合ったユシェット通りの
人々のひとりであるオルタンス・ベルトロ未亡人は、第一次大戦前は豊かに
暮していたことを感じさせる存在だ。会った当時は、パリ警視庁の事務職を
している中年女性である。

<彼女は優しい茶色の眼で、皺のある顔は人を惹きつけた。お喋りではないが、
 抑制された声を聞けばすぐに、彼女が逆境にも拘らず育ちのいい婦人である
 ことに変りはないことがわかった。二十代の頃には愁いを含んだ美人だった
 に違いないということは、すぐにはわからなかった。>(p32~33)
 
 エリオット・ポールがユシェット通りにやってきた翌日、オテル・デュ・
カヴォーで彼女と一緒に昼食をしていると、近所のポン引きが入ってきた。
< 「いやな人ですよ、あれ(ル ニュメロ)は」と、ベルトロ夫人が囁いた。>
(p33)

<「ニュメロ」はベルトロ夫人の精緻な用語で「ティップ(type)」より一段下で、
 「アンディヴィデュ(individu)」よりはましなのだ。「ティップ」は、大した
 ことのない男を指す。「ニュメロ」は危険な、反社会的な男か、さもなくば
 無害なおどけ者だ。しかしベルトロ夫人のように言葉を選んで喋る女なら、
 ランドゥリュほど酷いわけではない人間を「アンディヴィデュ」とは呼ばない。>
(p34)

< 一九二三年当時、「不滅」の名を奉呈されたフランス・アカデミー会員達は、
 官編フランス語辞典の改訂で「M」のところまで来ていて>

 ポン引きがホテルのバーのカウンターに凭りかかっているちょうどその時、

<そこから西へ数区画行った場所では権威達が、ミモザは男性名詞か女性名詞か
 で議論していた。男性名詞なら「ル・ミモザ」で、女性名詞なら「ラ・ミモザ」
 という訳だ。ベルトロ夫人は後者の立場だった。「ラ・ミモザ」は「ル・ミモザ」
 より彼女の繊細な耳には響きがいいからだ。ピエール・ロティは「ラ・ミモザ」
 と書いているとオルタンスは言った。私にはそれで決りだった。>(p34)

 そういう訳で、わたしも「ラ・ミモザ」。

     (河出書房新社 2013初 帯 J)

 山崎阿弥さんから先日、一枝のミモザをいただいた。ミモザを見る度に
「雪のなかのミモザ」というフレーズが浮かぶ。前にも書いたと思うが。
 凍えるような冬のパリの花屋で、わたしは南仏から届いたばかりのミモザ
を見たのだろうか。それともその記憶がある酩酊の日に甦り、ミモザは
すべて雪の白さを背景に見えてくるようになり、言葉としてイメージとして
わたしという肉体に宿ってしまったのか、四十年余も。





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by byogakudo | 2014-03-20 10:24 | 読書ノート | Comments(0)


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