2014年 06月 17日

Merde-cureな日常

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 からだを半分、水星に預けて過ごす日々もひと月経った。
少しペースがつかめてきたような。

 毎週火曜日、水星を訪れ、チェックしてシュート。3、4日間、
金曜日辺りまで、なんとか動ける。薬に持って行かれるような、
引きずり込まれるような、妙なハイの感覚がある。いわゆるハイ、
ともちょっと違う、なんといえばいいのか、多幸感も全能感もない
ハイで、強制的な集中の強さを"ハイ"という言葉で伝えるしかない。

 たとえば、根を詰め過ぎてるから少し休もうと頭の片隅で思いながら、
雑用にやたら時間をかけてしまう、とか...。別に今しなければならない
ことではない、後でやればいい領収書の整理みたようなことであっても、
気がつけばやり始めている。止められない。頭が混乱しやすく、すぐ分類が
ごっちゃになったりして、注意していないと余計な時間がかかり、結果、
疲れてしまう。なまじ身体がついて行くものだから無駄に集中してしまう。

 3、4日後、"ハイ"の反動がくる。薬に引きずられて無理やり動いて
いた身体や頭が、反作用的に停滞する。薬の引力が否定的な方向、
タナトス方向を指し示し、心身ともに引きずられる。これはちょっと
怖いものがある。明らかに被害妄想的、迫害妄想的になる。

 何か小さなミスをしたとして、それが実際よりも大きく膨れ上がる。
普段なら気にも留めない、Sの軽いひとこと「ダメじゃん!」が全否定
的に轟き渡る。彼もまさか、自分の言葉がそこまで響くとは思っても
みないだろうが、ふくらし粉的妄想世界が実体化しているので、一瞬、
全面否定の宣告に聞こえる。
 過剰反応は反対面でも同じ強度で働く。Sの言動にちょっとした欠点
や欠陥と思えるものを感じると、瞬間的に猛烈な怒りに駆られる。
Sもわたしの怒りを感じて、「あ、薬が回ってる」と思うそうだ。

 Sが解ってくれていて、だからといって腫れ物に触るような接し方を
しないから助かるのだが、現在のわたしは、なんともつき合い辛い。
病人が不機嫌だったり、わがままだったりするって、こういう状態かと、
あとで思う。今のところ大過なく(?)過ごせている(と信じたい)が、
ひとり病人がいると、そうでない人も影響される。

 久しぶりに前にかかっていた病院に行ったら、医師は、ドロップ
アウトせずに治療を続けなさいねと言い、顔なじみの看護師は、
あまり辛すぎたら無理しない方がいいと、逆のアドヴァイスをくれる。
個人差の大きい治療手段みたいで、神経症タイプの人間だと、どうも
妄想が天駆ける。

 心理面の過剰反応だけでなく、物理的・化学的にも過剰に反応
する。日光アレルギーだし、服の背中の小さなタグのこすれにも
過敏に反応する。隣席の老人が無神経に大きなくしゃみを連発
すると、飛び上がりそうになる。全心身が副作用の固まりであって、
副作用が見られるということは本来の作用も働いていることを証明
している、のだと信じたい。

 動ける日にはひとと会いたいと思うが、きっかけがつかめない。
水星行きと同じように、予定を入れてしまえば、ピンポイントで
行って帰ってきて、なんとかなるだろうか。
 渋谷区や新宿区の中野・杉並寄りくらいだったら、疲れたとしても
タクシーで帰れるし、À bout de souffle であろうと歩かないと、
もう太腿の筋肉が落ちていて、身体を支えきっていない。まずい。





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by byogakudo | 2014-06-17 11:32 | 雑録 | Comments(0)


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