2014年 07月 08日

伊藤精介「銀座名バーテンダー物語」読了

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 むかし単行本の頃読みたいと思って、これまた忘れていたが
文庫になっていた。単行本のとき読むべきだったかな? ただ、
安藤更生「銀座細見」を愛読する者としては、「サン・スーシー」
の"少年ボーイ"(不思議な言い方だが意味はわかる)から始まり、
銀座でたぶん初めてのオーナー・バーテンダーとしてバー「クール」
を開いた古川緑郎伝を、読まない訳には行かないだろう。

 お酒は飲めないけれど酒場という「場」は好きだ。「ルパン」は
飲める女友だちと一緒だったから入れたが、「クール」の前を通った
ときはいつもひとりか、飲めない男友だち(当時の)・Sと歩いていた
かで、とうとう入れなかった。残念である。

 ひたすら粋なバーマン・古川緑郎であっても、敗戦直後のRAA
(Recreation and Amusement Association)、日本語名「特殊
慰安施設協会」の仕事をやらざるを得なかったことを省かずに
残したのが、とてもよかった。

< 正直なところ、僕はこのRAAの話には触れないでおこうかとも
 考えた。でも、終戦直後の騒然とした空気、そして銀座のバー
 テンダーといえども味わわなければならなかった試練は、やはり
 ちゃんと伝えておくべきだと思う。"光"があれば”影”もある、という
 わけである。>(p138)

 古川緑郎自身の語り口では、
< でもねぇ、いくらなんでも進駐軍相手の慰安婦なんていったら
 誰もきませんからね。表向きは「女性事務員募集」って形にしたん
 ですよ。
  <新日本女性に告ぐ! 戦後処理の国家的緊急施設の一端として
 進駐軍慰安の大事業に参加する新日本女性の率先協力を求む。
 ダンサーおよび女事務員募集。年齢十八歳以上、二十五歳まで、
 宿舎、被服、食糧全部支給>
  こんな文面の看板が銀座とか新橋の街角に一斉に立ち並んだのは、
 終戦から十日もたっていないころだったんですからねぇ。九月三日付
 の新聞にも同様の内容の広告が出されました。何も知らない若い女性
 が続々と<幸楽>に集まってきましたよ。>(p136)

     (中公文庫 1999初 J) 





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by byogakudo | 2014-07-08 22:45 | 読書ノート | Comments(0)


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