2014年 07月 13日
10年前の1975年を懐古した前作「聖なる酒場の挽歌」から数年、 1980年代末期のニューヨークは、不動産はバブル状態であり同時に、 住処から追い出されホームレスとなった人々が路上や地下鉄駅に溢れる。 薬物ではクラックが流行り、エイズ猖獗のあまり、かつてのように誰もが 誰彼となく寝る状態ではない。 マット・スカダーは無免許で私立探偵めいた仕事をしているので、税務署に 確定申告はしない。ハリウッド映画で聞いたことのある社会保障番号、という のは、彼の場合どうなってるのか、国民皆保険ではない国家に暮していて、 もし大病したときは、病院に担ぎ込まれたとしても治療費が払えないと解って 追い出されるのだろうか? 彼は銀行に、彼宛の小切手を持って行くけれど、 銀行口座の彼の住所は、長年住んでいるホテルになっているのだろうか? 戦後の平和と民主主義(アメリカによってもたらされた)と、その派生物で ある福祉国家の恩恵を、恩恵とも思わず生きてきたので、あらためてマット・ スカダーの実生活を想像してみると、疑問がどっさり出てくる。放浪こそしない けれど、「フーテンの寅さん」とも似たようなライフスタイルなのだろうか? 「聖なる酒場の挽歌」は、回想という枠組みの中でしっとりと描かれた 騎士道ロマンスの側面を持つ。一度寝ただけの南部美人であっても、彼女が 不倫男のやり口に耐えかねて自殺すると、マットは彼女のために剣を抜く。 町場の騎士と貴婦人の物語だ。 オン・タイムの「慈悲深い死」(原題"OUT ON THE CUTTING EDGE"__ < 「地球そのものがエイズにかかってるんですよ。われわれはみんな死に かかっている惑星の上で、むなしい空騒ぎをしてるんです。そんななかで ゲイの連中は、あいも変わらず、恥ずかしげもなく流行の先端を走ってるん です。そして、今や死という刃の切っ先の上に立ってるんですよ」>(p64) __は、ざらざらとリアリスティックである。不動産バブルの物語かと見まがう ばかりに、住まいの話が出てくる。 行方不明になった、田舎から出てきた女優志願の若い女は、 <五十四丁目の通りに面して、九番街から何件か西に行ったところにある、 薄汚れた赤レンガのアパート>(p41)に住んでいたが、彼女の失踪後すぐ 部屋は埋まる。彼女が払っていたアパートの家賃は週に135ドルだが、年金 生活者や生活保護を受けているひとは家賃統制措置があるので、似たような 小さな部屋で週に17ドル30セントだ。 彼女の情報を求めて訪ねて行ったゲイの演劇関係者は、 <ロフトに住んでいた。そのロフトは、西二十二丁目の通りに面した、工場を 建て替えた建物の九階にあった。天井の高い巨大なワン・ルームで、幅広の 板を張り、光沢のある白いペンキを塗った床に、つや消しをした黒い壁、 その壁に派手な抽象画がまばらに掛かっていた。家具は白い藤製だったが、 その数はあまり多くはなかった。>(p64) AAで知り合った男がマットに相談したいことがある、というのだが、彼は 母親が住んでいたヘルズ・キチンのアパートメントに今も住んでいる。 < 「[略]四階の、ちっちゃい部屋が三つあるアパートメントなんだけどさ、 でも、家賃統制ってやつで、いくらだと思う、マット? 月に百二十二ドル 七十五セント。きょうびこの市(まち)の、ちっとは泊まりたくなるような ホテルだと、一晩でそれぐらい取られる」>(p19~20) <この界隈、ヘルズ・キチンは、百年ものあいだずっと危険で物騒な 地区だった。それがここへきて、不動産屋たちによって、"クリントン" と名前が変えられ、安アパートは、何十万ドルという高級マンションに 建て替えられていた。それまでそこに住んでいた貧しい人びとは、どこへ 行ってしまったのだろう? また、次々にやってくる金持ち連中は、いったい どこからやってくるのだろう?>(p20) このヘルズ・キチンの安アパートは、管理人によれば大家の命令で、 空きが出ても貸さなくしている、という。安い家賃の借り手がいなく なったら一軒丸ごと、高級物件にできるからだ。(p127) 金ぴかな街で、税金を払わない生活をしているマット・スカダーは アルコール中毒時代は十分の一税と称して、手に入れたお金の一割を 教会の献金箱に入れて自分の中で折り合いをつけていたが、AAに 通う現在は、出くわしたホームレスたちに小銭を与えて、トータル 一割の喜捨を行う。 (二見文庫 1990再 J)
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by byogakudo
| 2014-07-13 21:35
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