猫額洞の日々

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2014年 07月 24日

ギルバート・アデア「ラブ&デス」読了

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 写真は、近所で。外階段下に銀色のカヴァで覆われたバイクが
停めてあり、カヴァ内部で何かがうごめいている。猫がしきりに
パンチを出す。と、中から同じ柄の子猫が飛び出してきた。

  
 ギルバート・アデア週間、第二弾は「ラブ&デス」。原題は、
" LOVE & DEATH ON LONGISLAND "。「ヴェニスに死す」
の1990年ヴァージョンみたような物語。

 いやなことがあって、散歩して気を紛らそうとしていた初老の
イギリス人作家が、雨宿りをかねて映画館に入る。彼はケン
ブリッジ(ここで匂う)でE・M・フォースター(さらに匂うが、
読んだことがない)の弟子のひとりだったので、上映中のフォー
スター原作の映画を見てみようと思ったのだ。
 世間に疎い孤高の作家は、やっと入った場内で戸惑う。ひとつ
の映画館には一会場の時代しか知らなかったので、二つに分かれた
館内の、別のもう一本が上映中の会場に入ってしまった。

 フォースターとは似ても似つかぬアメリカ青春映画が上映されて
いるので、自分が間違えたことに気づかない彼は騙された、と思う。
受付嬢に言って切符代を返してもらおうと立上がりかけたとき、画面
に美が登場する。

< 少年の顔の完璧(かんぺき)な美しさに、息を呑むほかなかった。
 その特徴を十分に心に刻みつけるのに時間を要したとすれば、それは
 私がいらいらした心理状態だったからではなく、美しさの特質が平凡で
 かつ究極に達していたせいだ。
  平凡と言ったのは、物腰には人とは違う柔和さが漂っているけれども、
 形態としてはいかにもアメリカ的な基準でいう「キュート」なタイプに
 あてはまるからだ。つまり、神秘性や悲劇性、霊性が前面に出た美
 ではなく、生気に満ちた、栄養状態の良い美である。>(p39)

 作品の古典主義的な簡潔さと優雅さで知られる孤高の作家は、冷静に
美神の美の分析ができるのだが、老いを自覚し始める年齢での一目惚れ
は暴走する。
 書きかけの小説「アダージョ」は、いつしか放っておかれ、映画「ホット
パンツ・カレッジ2」に脇役で出ていた美少年を追いかけることが彼の
人生になる。
 生まれて初めて「タイム・アウト」を買い、再上映中の「ホットパンツ・
カレッジ2」を見て美神の名前を知り、美神=ロニー・ボストックについて
知るために、アメリカのティーン向け雑誌「ティーン・ドリーム」や「ビデオ」
などの雑誌を買いあさり、ロニーの写真を切り抜いたスクラップブックを
作成する、妻を亡くした初老の作家。自分を「退屈な異性愛者」(p57)
と自覚していたのに...。

 歴史は繰り返す云々のセオリーに忠実であろうとするのか、苦い喜劇
タッチで描かれる「ラブ&デス」だが、主人公が隠喩について考えて
いたとき、無名時代の本を思い出す箇所がいい。

<印刷された文章のなかに、長い隙間(すきま)が斜めに空いている
 部分が見つかったのだ。単語、というより単語間のスペースが偶然
 の配列によって生み出した白い筋は、ページの真ん中をジグザグに
 走っていた。>
 形容詞か副詞をいじれば解決するのに、若い作家は断固拒否して、
割付の再調整を強いた。
<分っていても、自分の文章から裂け目が消えたときに、かすかな
 心の痛みを感じた。私が知らぬ間に(手書き原稿にはまったく現れて
 いなかったのだから、知らなくて当然だが)物語の土台にできたあの
 白い隙間の意味、不随意的な負のカリグラム(図形詩)、小さなサン
 アンドレアス断層の消滅を惜しみ、そのなかに、まだ対象を見つけ
 られずにいる隠喩が潜んでいたことを痛切に感じた。
 [中略]
 あの隙間に傲然(ごうぜん)と出現した特徴は、いわば私自身の精神に
 生じた負のスペースを表していた。
 [中略]
 尊大で自惚(うぬぼ)れが強く天才気取りの青年だった自分は、[略]
 まだ修正を加えられたくなかったということだ。自分の本質に刻み込ま
 れた、ほとんど目に見えない割れ目が消えることに、うずくようなノスタル
 ジアと少なからぬ哀情を感じたのだろう。>(p68~69)

 しかし映画をあまり見たことがないと、荷風みたようなことを書く話者だが、
それにしては「ホットパンツ・カレッジ2」を最初に見たとき、カメラのアングル
の影響だの、変形レンズを使っているのだろうか(p36)だのと、分析的に眺めて
いるのはなぜだ? 作家として文章を分析する能力を、映像把握に応用しただけ、
ということかしら?

     (角川書店 1998初 J)





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by byogakudo | 2014-07-24 21:33 | 読書ノート | Comments(0)


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