2014年 07月 27日

同日同刻/1968年5月

e0030187_21132827.jpg












~07月26日の続き?

 ギルバート・アデアは1944年生れ、24歳で五月に会う。
"Ingrid Caven"のジャン・ジャック・シュルは1941年の
マルセイユ生れたが、68年は27歳。五月のパリでアデアと
すれちがっていてもおかしくない、という想像が成り立つ。

 バレエ教師として学ぶために1960年代後半から80年代半ば
まで、途中の出入りはあったが、20年近くのほとんどをパリで
過ごされたK・K夫人は、五月を体験した日本人だ。

 ゼネストがフランス全土に広がり、外国人は慌てて飛行機を予約し
母国に逃げ帰り、ほぼフランス人だけになったフランスに、30代の
日本人女性であるK・K夫人や、少数の日本人が残っている。NHKや
大新聞から派遣されてきた記者(日本人男性たち)は、さっさと消えた。

 パリは右岸と左岸で食糧事情が違う。右岸に住んでいたK・K夫人は、
手に入れた食べ物をバスケットに詰め、左岸のお友だちに運ぼうとする。
左岸は混乱がひどくて、いろいろな流通が滞っているが、右岸の方は、
まだしも普段に近かったので。

 「あなた、ゼネストって知ってる? 全部止まっちゃうのよ。ゴミ
掃除のひともストライキだから、ゴミが収集されないで、あちこちに
円錐形のゴミの山ができてるの。近くを通ると生ゴミの饐えた臭いが
するの」と、K・K夫人。

 地下鉄もバスもストライキで動かないから、彼女はバスケットを
抱えて右岸から左岸へ、パリを横断する。途中の橋では検問に会う。
若いフランス人の男に、日本人の友だちに食糧を運ぶのだと伝えて、
通してもらう。

 この話は彼女から伺いもし、書いた原稿を見せていただいたことも
あるのだが、彼女自身はあまり発表する意味があるとは思っていらっ
しゃらない。
 五月を体験した少数の日本人の記録として、どんなに大切なのかと
説得しようとするのだが、いまいち納得していただけないので、勝手に
思い出せる限りのことを記しておく。





..... Ads by Excite ........
[PR]

by byogakudo | 2014-07-27 14:37 | 雑録 | Comments(0)


<< 鈴木創士氏の文楽かんげき日誌第...      ギルバート・アデア「ドリーマー... >>