2014年 08月 27日
マット・スカダーの二人の恋人、高級娼婦・エレインと彫刻家のジャン (ジャニス)・キーンについて書くには、初期の「暗闇にひと突き」と後期 の「死者との誓い」を並べて考えたほうがいいかもしれない。 順序よく読んでこなかったせいで、最初の恋人ジャンは、間接話法で 描かれる存在、エレインはマットとともに行動する直接話法的存在だと、 なんとなく思ってきた。 ジャンの話が、マットとそのAAでの助言者、ジム・フェイバーとの会話 によく出てくる(ように感じていた)ので、物語の裏側に回った元・恋人 という印象を持ったのだろう。 ジャンが登場するのは「暗闇にひと突き」のときが最初、事件関係者 のひとりとしてだが、気が合い、マット・スカダーとつき合うようになる。 それにしてもマットは気軽に関係者と寝る。国づくりの基にピューリタ ニズムがあり、それへの反撥・反動で性的にカジュアルな60年代を 過ごした世代だからだろうか? アル中を治そうとするジャンは未だ自覚せざるアル中・マットと別れ、 マット・スカダー・シリーズのヒロインは、長年の(お巡りと娼婦の馴れ 合い時代からの)つき合いであるエレインになる。エレインは第一作 「過去からの弔鐘」に既に登場。 ジャンとエレイン、タイプとしては、あまり変わりないように、わたしは 思うのだが。 ふたりとも自立心が強い。男に頼らず、男を甘やかさない。たとえ恋人 であっても相手の個人的領域をけっして侵さない意志の強さ(他者性の 確立)、友愛心が基本にある恋愛関係であり、しかも彼女たちはふたり とも、経済的・社会的に成功している。マットという男に頼らずとも 生きていける女性だ。 ローレンス・ブロックは、ガールフレンド的な女性を好むのか、あるいは 60年代、70年代を経てきたニューヨーク風景を描くには、フェミニズム 傾向を持つ女性像が欠かせないのか。たぶん、こちらだろう。 50年代の延長でもある郊外の主婦的、理想の妻や母親タイプでは、 暴力にさらされる卑しい街で、動き回り、生き延びることはできない。 軽快なニューヨーカー風俗の泥棒バーニイ・シリーズだと、文字通りの ガールフレンド、レズビアンのキャロリンが、バーニイと対等のつき合いを する。彼女の場合は"ガールフレンド"から、さらに"バディ"寄りだが。 アメリカ映画から"美人"がいなくなったのも、こういう現実の反映かしらと、 横道に逸れて考える。なよなよと男に頼りすがるタイプの美女を造形しようと 思っても、脚本が書けないだろう。強く性格もきつく、そして美女、それなら 現在を舞台にした映画の中で生きていける。 「死者との誓い」の終わりで、ジャンは癌で死亡するが、マットがエレインと 結婚すると聞いて祝福する。昔の恋人だと理解していても、エレインは秘かに ジャンに嫉妬していたが、マットがジャンと会っていたのは、死の恐怖から身を 守る護符のように、銃を手に入れて欲しいと願った彼女の依頼があったからと 聞き、自分の嫉妬を恥ずかしくさえ思う。 こんなにイカす女たちに愛され、そのひとりと結婚する決意を固めながら、 まだ「死者との誓い」で知り合った(寝ちゃった)事件関係者の女性に電話 しようかと考えないでもない、マット・スカダーのあるいは男の往生際の悪さ が描かれているのがいい。女も結婚直前には憂鬱になるが、男だってそうである。 (「暗闇にひと突き」 ハヤカワ文庫 1993年3刷 J) (「死者との誓い」 二見文庫 2002初 J)
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by byogakudo
| 2014-08-27 20:57
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