猫額洞の日々

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2014年 09月 10日

ローレンス・ブロック「すべては死にゆく」読了

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 二見書房から出されたローレンス・ブロックのマット・スカダー・
シリーズ中ただ一点、文庫化されていないのが、シリーズの終わりから
2番目「すべては死にゆく」である。最新刊「償いの報酬」が文庫に
なっているのに、なせ?
 しかもこれは最後から3番目の「死への祈り」の続編に当たるのに、
なぜだ? マット・スカダーが折りにふれ呟くように、"わからない"。

 原題"ALL THE FLOWERS ARE DYING"は、たぶん、"Where have
all the flowers gone? Long time passing"とか歌っていたあの歌に
因るのではないかと思うけれど、9・11ショック覚めやらぬニューヨーク
の喪失感が基調に流れる。喪失感はマット・スカダー・シリーズの底流に
ずっと流れているのだが、街中が喪失感に覆われているのが2005年刊の
「すべては死にゆく」だ。日本人なら"無常"と言うところか。

 友人の生死も9・11の前か後かで思い出す。
< それがわれわれの分水嶺になっている。何もかもがあの日のまえか
 あとかということになる。>(p8)
 エレインとマットが暮らすアパートメントの窓から見えていたツイン・タワー・
ビルは失われたのだが、街の記憶を再確認するかのように、過去はほんとに
あったのだと再確認するかのように、何度も彼らは窓辺に立ち、街を眺める。

 3・11、1・17、8・15、9・1...分水嶺のリストは長い。ニューヨークやアメリカに
於けるそれが少な過ぎるのかもしれない。ヒロシマもナガサキもフクシマもロンドンも
ドレスデンも...なかったアメリカ。"本土"とは言い難いパールハーバー、風船爆弾の
落ちたオレゴン州ブライ、ニューメキシコ州ソコロ(トリニティ実験)、基本的に
守護されてきた(誰によって? 神、というのか?)国家の中心的な都市が初めて、
本格的に攻撃されたのだ。

 社会的な大文字の分水嶺が突きつけられ、個人も反応する。マットの友人で、
癌に侵されて以来、死んだ友人・知人のリストを作る男がいたが、9・11以後
リスト作りを止める。68歳になったマットも、過去を振り返ることが以前に増して
多い。関わった数多くの事件、事件の死者たち・犯人たち、それ以外にも多くの
友人や知人の、死者の長い列が続く。

 街に致命傷が与えられても、生き残った人々にはそれぞれの日常がある。死者たち
の記憶の延長に、生き残った人々の生がある。生きている限りなんとか生き延びて
いくしかない。それが例えばマット・スカダーが悪戦苦闘するパソコンや携帯電話と
の格闘場面として、コミカルに描かれる。人生の半分以上をアナログに生きてきた
人間がデジタルとつき合うのは、拷問に近いものがある。ついに諦めて携帯電話を
持ったマット・スカダーだが、
<いまだに二回に一回は持って出るのを忘れ、持って出ても必ずしも電源を入れる
 のを思い出すとはかぎらないのだが、
 [中略]
 呼び出し音が鳴ったときにうっかり切ってしまうようなこともなく、どうにか
 電話に出られた。>(P53)というのは、なぜわたしのことをそんなに知ってる?
と妄想が起きそうな描写である。若いひとが読んだらなんのことか、だろうが。

 そんな街へ、前作「死への祈り」でマットや警察の追跡を受け、ニューヨークを
逃げ出した犯人が戻ってくる。気が長く、けして焦らない。じっくり構えて目標を
倒す。全能感に満ち、人たらしの才能豊か。カルト教団を作って教祖にでも
納まれば、それなりに成功?しそうなタイプだが、殺人狂なのでそうもいかない。

 街から追い出される原因となったマット・スカダーに復讐しようと、戻ってくる。
< あの日多くの人々の命が奪われたことにさしたる感慨はない。彼に感嘆の念
 を抱かせ、彼の心を鼓舞したのは、陰で糸を操って配下の者に飛行機でビルに
 突っこませた人形使いのすさまじいパワーだ。妬ましくなるほどの人心操作の
 才だ。>(p217)

 偽名の頭文字をいつも A B に統一する__初めに言葉ありき、アルファベットに
順序ありき__冷静沈着な誇大妄想兼殺人狂に襲われたエレインを救おうとして、
マット・スカダーは瀕死の重傷を負う。これまで彼に関わったせいで殺されたり負傷
したりした人々に償いをするかのような重傷である。
 9・11がアメリカの贖いであるかのようにも読めるマット・スカダーものだった。

     (二見書房 2006初 J)





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by byogakudo | 2014-09-10 20:59 | 読書ノート | Comments(0)


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