2014年 10月 03日

劣化していく...

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 今日付け「東京新聞」夕刊に中村佳子・JT生命誌研究館館長が
書いているように、あるいは「梟通信〜ホンの戯言」氏が引用されて
いる10月02日付け「掬ってみれば無数の刹那」氏のブログにあるように、
国立大学総動員・大劣化計画が進行中らしい。

 産業界の意向を受けて、安倍晋三(とその友だちと手下組)内閣は、
税金で運営されている国立大学から、今すぐに役立ちそうもない文系
学科を排除させ(そんな不要不急の無駄なもの、どっさりある私立に
任せておけばいい、というのが大企業連中の立場)、即戦力(?)で
ある理系学科だけ残せばいいと考えているそうな。

 誰が聞いても、アカデミズムにまるで無縁のあたしが聞いても、愚かで
馬鹿げた考え方だと分かる。知の蓄積ってあるでしょう? 何事も単体で
存在することはなく、互いに影響し合い、干渉し合って、いつかそれは
不思議な果実になって枝に下がるかもしれないし、実を結ばず立ち枯れ
しているかもしれない。立ち枯れてるからって死んでるとは言い切れず、
ある日まったく別の花や実をつけてみたり、しないとも限らない。

 今日明日に、すぐお金に変換できる、安直錬金術的技術しか意味がない
と考えるのは視野狭窄の産業人であろう。インテリを憎み、教養と呼ばれる
一見、無駄な知的裾野を軽蔑し(ヨーロッパのインテリ企業人や政界人と会話
するとき何を喋るのだろう? 職種以外の話題があるのか?)、今すぐ役立つ、
まるで受験のテクニックみたような産業技術だけ求めて、どうする? 
 企業や職種には耐用年数がある。古本屋が滅びの道を辿るように、今をときめく
先端技術や企業も、明日はクリシェとして見向きもされなくなる。そのときはもう
企業家たる自分は死んでいるか、生きていたら別の先端企業をやっているから
関係ない、技術も社員も使い捨てさ、とでも言うのか。

 昔、店の近くに海洋研があって何人かいらしてくださったが、ある日伺った話
__今思うに2004年であろう__では、研究者がやたらと実務レポートを提出
させられる羽目になり、事務仕事に慣れない教授蓮に、研究以外の余計な負担を
強いている、ということだった。その話をしてくださった方は、教授たちにそれを
させる替りに、事務員を雇えばすむことなのにと仰り、まったく同感だった。

 直接税はともかく、毎日、間接税を払う国民である__ああ、非国民でいいです!
こんな馬鹿な国の国民であるより、馬鹿な国の非国民であるほうが健全だ。__
わたしは思う。国立大学や研究施設は、言い方が悪いかもしれないが、むしろオタク
の避難所として存在すればいい、と。税金が、どんな成果がいつ出るか不明の研究費
に回されればいい、と。
 直接知る由もない研究に、専念している学者や研究者がいると、知っていること。
豊かさとは、そういうものだろう。

 予算がないと言うなら、防衛費を削り、無駄な天下り役所を維持するのを止め、
議員の経費を減らし、いくらでも減らしてそれを一見無駄な研究に注ぎ込めばいい。
 それとも何か、天下り役所を廃止したり、議員に経費削減をさせたりすると、ただで
さえ劣化している人材(!)がもっと低劣になるから、そんなことできない、というのか。

 今日付け「東京新聞」朝刊に、ようやっと朝日新聞擁護の記事(『こちら特報部』と
『社説』の二カ所)が出た。遅いし、腰が引けてる感じがするが、新聞に向けられる
広告主(や読者)からの圧力を想像すると、これが今できる精一杯の抵抗なのかも
しれない。
 安倍晋三政権下での朝日新聞叩きは、他人の失策を自分の得点とする最近の傾向
からいえば当然かもしれないが、ジャーナリズムの自殺だ。死体として大政翼賛会に
参加して、次の大敗戦後「過ちは繰り返しません」とうそぶけばすむ、とでも思って
いるのだろう。
 この問題を「過ちては改むるに憚ること勿れ」とか「実るほど頭を垂れる稲穂かな」
とか、個人的な訓戒の領域に落とし込むのも、無意識の大政翼賛会参加衝動である。
 





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by byogakudo | 2014-10-03 22:25 | 雑録 | Comments(0)


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