2014年 10月 04日

近くでお茶を飲む

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 バレエのK・K夫人からお誘いがあり、近くのアラビカ喫茶店へ。
夏に亜湖さんと会って以来のアラビカだ。なんとか到着どころか、
近場のBOに立ち寄り、文庫本2冊を急いで買ったりしてから、顔を
出す。

 K・K夫人がしばらく入院するので、頼みたいことがある、と仰る。
用件のあとはいつものおしゃべりだ。今日はなぜか戦中戦後すぐの
食糧事情を主に伺う展開になる。風太郎の日記などでは、空爆や
原爆を生き延びた日本人全員が飢餓に襲われていた、と読み取れるが、
K・K夫人はそれほどではなかったという。
 「うちはみんな、わりと少食だったからかもしれないけれど」。

 彼女の家庭ではあまりお米に執着しなかったので、配給のお米を
友人宅に上げたら、氷砂糖をどっさりお返しにいただき、夜間の空襲
警報下、なめながら逃げたりとか、彼女のお母様が料理好きで、粉(小麦粉)
好き。戦時下でも手に入れやすかったカボチャに粉をまぶしたおやきを焼いて
いて、避難場所で食べたりとか、あまり緊迫感のない戦中風景を描かれる。

 戦時中でも軍関係では食糧は充分ストックされていた。女学生の彼女が
挺身隊として派遣された軍需省から、海軍にお使いに出された。軍事機密
書類を女学生ひとりに託していいものかと思うが、却って目立たなくて、
無事に運べるのかもしれない。
 届け先ではまさか女学生が来るとは思ってなくて慌てたようだ。海軍の
女子挺身隊はみんな学習院らしいが(この軍需省と海軍の件り、逆かも
しれない。ちょっとうろ覚え。)、同年輩のお嬢さんから、しばらく
お待ちくださいと応接室に通されたK・K嬢のそのときの服装は、中原淳一
デザインのワンピース! 待っているとレモンティーとカステラ二切れが
出される。
 どこが戦時下だという光景だが、K・K嬢は久しぶりのレモンティーを
嬉しく喫し、カステラは包んでお家におみやげにして喜ばれたそうな。
 海軍では若い軍人がK・K嬢をエスコートして車に乗せ、軍需省に送り
返してくれた。

 あんまり飢えなかったのよとK・K夫人は仰るけれど、飢餓状況に取り
まかれていたのは事実だし、敗戦直後は栄養不足で手脚に湿疹ができて
いたそうだ。
 彼女たちの年齢層が食べることが好きで、食べ物についてよく語るのは、
飢餓の記憶のせいだと、わたしは理解しているが、飢えとあまり関係なさ
そうな時代に育った人々が食べ物についてよく語り、書き、写真を撮るのは、
どういう理由からだろう。いまだ適切な理由を見いだせない。

 帰りにあそこが新しくできた古本屋さんよ、と古本なべやに寄って、
文庫本1冊。できたのは聞いていたけれど、ようやく行けた。
 絵本や雑貨やLPもあり、演劇関係の棚もある。入口には二人がけソファ。
若い女性に好まれそうな雰囲気だ。





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by byogakudo | 2014-10-04 21:51 | 雑録 | Comments(0)


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